投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

「こんな日は部屋を出ようよ」
【その他 恋愛小説】

「こんな日は部屋を出ようよ」の最初へ 「こんな日は部屋を出ようよ」 11 「こんな日は部屋を出ようよ」 13 「こんな日は部屋を出ようよ」の最後へ

「こんな日は部屋を出ようよ」前編-12

「中間試験の範囲は訊いた?」
「多分……この辺までです」

 教えてくれた範囲は、一度やっているから、復習にはちょうど良い機会だ。
 僕は何時もより、時間を掛けて指導を繰り返した。 記憶の深い部分に留めるには、問題に慣れるのが一番だ。
 ルリは、何時ものように黙々と問題を解いているが、その表情には冷然さを感じなかった。
 そう見た時、僕は思い切って訊いてみた。

「あのさ、渡したい物があるんだけど……」

 僕の声にルリは振り向く。
 血が逆上して、身体が熱くなるような感じがした。
 僕は鞄に手を伸ばし、中から参考書を取り出すと、彼女に手渡した。
 表紙が色褪せた参考書を、ルリは手に取った。 微笑みは無い、冷然とも違う、不思議な表情で見ていた。

「僕が、中学の時に使っていた物なんだ。 何かの役に立てばと思ってさ」
「ありがとうございます……」

 ルリは小さく頭を下げて、机の本棚に仕舞ってくれた。
 とりあえず、貰ってくれた事で僕は安堵した。

「ちょっと、煙草吸ってくるから」

 安心したら、じっとりと汗ばんでいる自分に気がついた。
 夜風に当たって冷まそうと思い、ベランダに出た。

「ふうーーッ」

 夜風は冷たくなかったが、汗を乾かすには充分だった。
 僕は、煙草を咥えて火を点けた。 紫煙がゆらぎ、夜陰に溶けていく。
 薄明かりと静寂の中で、至福の一服を楽しんでいた。

 すると、不意にベランダの窓が開いた。
 部屋の中に居たルリが、降りてきたのだ。

「あの……なんだか暑くて」

 彼女はそう言って、僕から離れた位置で遠くに目をやった。 僕も、視線を合わせること無く、煙草を吹かした。
 気まずさを伴う、沈黙が辺りに漂う。

「あの……」

 沈黙を破ったのはルリの方だった。

「な、何かな?」
「その、煙草って美味しいんですか?」

 僕は返答に詰まってしまった。 質問の意図するところが、解らなかった。

「美味しいとは思わないな」
「じゃあ……何で吸うんです?」

 僕は少なからず驚いている。 彼女がこんなに口を利くのを、初めて聞いた。

「そうだな、高校の時に覚えて以来、辞められなくてね。
 吸うと、気分が落ち着くんだ 」
「そうなんですか……」

 ルリは口を閉ざした。
 薄明かりに浮かんだ彼女の顔は、何か辛そうに見えた。

「あの……」

 ルリが再び口を開いた時、僕は耳を疑った。

「わたしにも、一本もらえませんか?」



 『こんな日は、部屋を出ようよ』前編完


「こんな日は部屋を出ようよ」の最初へ 「こんな日は部屋を出ようよ」 11 「こんな日は部屋を出ようよ」 13 「こんな日は部屋を出ようよ」の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前