投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

「こんな日は部屋を出ようよ」
【その他 恋愛小説】

「こんな日は部屋を出ようよ」の最初へ 「こんな日は部屋を出ようよ」 10 「こんな日は部屋を出ようよ」 12 「こんな日は部屋を出ようよ」の最後へ

「こんな日は部屋を出ようよ」前編-11

 ──これ、ルリにあげよう。

 そう頭に浮かんだ瞬間、直ぐに打ち消した。
 あの子ほどの才女に、僕のような凡才が使った参考書など不要に決まっている。
 そんな当然の事を押し退けて、真っ先にあげようと浮かぶとは、何れほどの自信家なんだ。

(でもなあ……)

 しかし、このまま却下する気にはなれなかった。 この参考書のおかげで、今の自分が在るのだから。
 結局、他の教材と一緒に鞄に詰め込んだ。 機会を見て訊ねればという軽い気持ちだった。

 夕方になり、出掛けようとしたところに、仕事を終えた母が帰って来た。
 事情を話して玄関を出ようとすると、背中越しの声が呼び止めた。
 何事だろうと訊くと、母は、ルリの事を根掘り葉掘りと訊いてきた。
 僕は質問に答えながら、母の真意を図りかねていた。 何かを知りたいのは解るのだが、遠回しな言い方では問答のようで埒があかない。
 それに、僕としても時間の余裕がない。 この際、ズバリと言うのがお互いのメリットに繋がる。

「それで結局、何を知りたいの?」

 端的に訊いた僕に、母は困った様子だ。

「その……ルリちゃん、あんたの事、どんな目で見てる?」
「はあ?何を言ってんの?」
「いや、ちゃんとやって……」
「もういいよ!」

 わけが分からない。 何を知りたいのか解らないが、段々、腹が立ってきた僕は、話を切って家を出た。
 母が家庭教師の事で訊くなんて初めてだった。
 バイトとはいえ、仕事ぶりが気になるのなら理解するが、教わっている側の素行が気になるなんて、何があったんだ。
 不毛な会話のせいで、時間の余裕を無くした僕は、先を急いだ。

 叔母の家に着いて、ドアフォンを鳴らした。 何時もは直ぐに返事があるのに、今日に限って応答が無い。
 どうしたものかと、もう一度鳴らした。 すると、ドアの奥から床板を叩く音が、此方へ向かってくる。
 ゆっくりとドアが開いた。
 現れたルリは、息を切らせていた。

「ど、どうかしたの?」

 気になって訊いてみたが、彼女は苦し気な表情で「何でもないです」とだけ答えて、僕を中に入れてくれた。
 今日のルリは、チェックのシャツにショートパンツ姿。 後ろに束ねた髪と同様、夏の装い。 あれから、何度も私服を見てるが、一度たりとも同じ服でない事に感心させられる。

「えっ?」

 部屋に入るなり、ルリは焦った表情でベッドに飛びついた。 何事かと見ると、ベッドの上に鞄と制服が、無造作に置かれていた。
 これで解った。
 帰宅の遅れた彼女は、着替えた後に鞄と制服を仕舞い忘れたのだ。
 慌てようが目に浮かぶ。 そう思うと、ニヤニヤが止まらない。
 片付けを終えたルリは、僕の変化に気付いて頬を赤らめた。 俯き加減で頬を染める仕種。 それを見た時、僕の中で、目の前のルリと8歳の頃のルリが重なった。
 この子の、根幹にある性質は何ら変わっていない。 7年という歳月で培った処世が、別人のような人格を生み出したのだろう。
 そう思うと、不可解だった彼女の中にある暗い部分を見た。 そして、自分の頃と照らし合わせて見て、不憫さを感じた。


「こんな日は部屋を出ようよ」の最初へ 「こんな日は部屋を出ようよ」 10 「こんな日は部屋を出ようよ」 12 「こんな日は部屋を出ようよ」の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前