Pandemonium Ⅳ-3
「罪の意識？ 生きる価値の無いゴミを肉便器にした程度でかい？」
「価値が無いなど……主は全ての人間を平等に創造なさいました。その人間を貴方は生きる価値が無いなん……」
「無いね」
ラスプーチンはエステルの言葉を遮って断言する。
「君らの吐き気を催す説教はうんざりだよ。僕が最初にこの女と会った時、こいつがどんなに笑える馬鹿だったか知らないからそんなこと言うんだろう？ 貴族だか王族だか名家だか知らないけど、父親と母親に逆らうことをしようともしないで塔に囚われた姫さま気取りの馬鹿女だぜ？ 窓から外を眺めるだけで外に出ようともしないで、王子様がやってくるのを待ってるだけだ。……だからこそ、堕とすのは簡単だったよ。僕はただ耳元で囁けばいいだけだったからね。『なんて可哀想なアナスタシア、でも大丈夫。僕が君を守ってあげるよ』 こんな馬鹿な台詞で股を開くんだ。豚になって当然の女だと思うけどねえ」
ラスプーチンは指をアナスタシアに舐めさせたまま、もう片方の腕でアナスタシアの秘部をさすってやる。室内に甲高い女の嬌声が響き渡り、アナスタシアの体が内に走る快楽の電撃に打たれ、大きく仰け反る。
「で、今や立派なセックス中毒だ。最初は僕のことを求めてたんだろうけど、今じゃその粗末な穴に突っ込まれてるのが僕のペニスなのかそこらへんの親父のペニスなのかさえ判断ができないみたいだけど」
エステルはベッドに転がった男を一瞥する。
「……その男は誰です？」
「ん？ ああ、この変態はボルジア家の家臣だよ。爵位は忘れたけど」
「……貴族ですか？ 貴方、爵位持ちの男に『変態』などと……」
エステルは、今アナスタシアを指で弄びながら羽虫を見る目でそれを見下す男に、抑えがたい怒りを感じ始めていた。その怒りは、同時に嫌悪感と、悪寒を伴う種類のものであった。エステルは目前の男に無意識の内に気圧されていたのかもしれない。だからこそ彼女の生来の強気な性格が、普段は嫌ってさえいる貴族を擁護するような発言に繋がったのだろう。今はこの男以外の人間であれば、誰であっても気の置けぬ友に思えるほど、エステルの感情は渦巻いていた。
そんな心情から出たエステルの言葉に、ラスプーチンは心を動かされた様子はない。
「なら『爵位持ちの変態』かな？」
眼から鼻にかけて素顔を隠す仮面は、ラスプーチンが釣り上げた唇を隠さない。エステルは自然と顔が強張っていくのを感じた。
「……ラスプーチン。貴方を殺人、教会権の侵害、異端教義の流布の罪により逮捕します」
刀を正眼に構えて、エステルは宣告する。対するラスプーチンは涼しい顔だ。
「逮捕？ 僕を？ 一体何の権利で？」
「主より賜った権利です」
言うのが先か、動いたのが先か。エステルはラスプーチンの先手を取り、その後方へと回りこむ。魔族でもないただの人間であるラスプーチンには到底反応できぬ速度で後ろを取り、その動きを封じて拘束する。そうなるはずだった。
全速力でエステルが跳躍し、ラスプーチンの背後へと回る。だが、信じられぬことにラスプーチンは悠々とエステルへと向き直り、エステルが突き出した刀をいつの間にか懐から抜き出したナイフで受け止めたのだ。
ナイフと刀がぶつかる硬い音と共に、エステルとラスプーチンの力が拮抗して鍔迫り合いの状態になった。エステルは全力でラスプーチンを押し切ろうとするが、魔族とさえ張り合うことができるエステルの膂力を前に、ラスプーチンは涼しげにエステルを押しとどめる。ただの人間にそんなことができるはずがない。エステルは驚愕に言葉を失い、思わずラスプーチンを見上げた。
ラスプーチンは身長差のある目前の娘を、歪んだ表情で見つめる。仮面の奥から見える瞳の中に渦巻くのは、欲望だ。エステルはその瞳を見て、心の底から震えが走った。
少ない戦闘経験しか持たぬ彼女であっても、圧倒的な差を隔てる敵と戦ったことがある。その際に感じる震え、自らに殺意を持って対峙する敵に対する恐怖と、逆境において光を放つ高揚。だが今エステルが震えるのは、そんな理由ではなかった。恐怖と、嫌悪。ラスプーチンの瞳は、エステルの眼、唇、耳、首筋、胸、腰、そして秘部と順々にその光を滑らしていく。その奥に見えるのは、その体をこれからどう犯し、どう壊し、どう遊ぶか、という光だ。それを敏感に感じ取り、エステルは震えたのだ。
だからこそ、おもむろにラスプーチンは空いた腕をエステルの顔に向けて伸ばしたとき、エステルは弾かれたようにそれを後ろに下がって避けたのだ。白皙の男。ただの人間。本来のエスエルなら、不用意に伸ばされた腕を掴み、あっという間に男を地面に抑えつけようとしたはずである。だが、できなかった。
「君はそこそこ強いみたいだけど、経験は薄いみたいだね。知らないだろ？ 『こういうの』？」
伸ばした腕をそのままに、ラスプーチンよりかなり離れたところまで飛び退いたエステルに向かってラスプーチンは微笑んだ。男であるはずのその者が、エステルは今に至ってわからなくなる。男か、女か。もしくはそれ以外の何かか。妖艶、そう形容するのが最も相応しい者の言葉を聞いて、エステルは初めて自らの異常に気がついた。