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ある警備員の独白
【フェチ/マニア 官能小説】

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―金曜日―-1

いつものように俺が警備員室に入るや、『あ、才賀さん、おはようございますー』語尾を伸ばすお調子者特有の口調で遅番勤務の山口友樹がいそいそ近づいてきた。
『…おはよう。どうだった?…まぁ何事も無いだろうけど』山口の脇を通ってタイムカードを押すと、警備日誌を取り上げ、見るともなしにページを繰る。
身長170cmに満たない今どきの若者にしては若干小柄で痩せ型の山口は、小説家志望なのだそうだ。大学卒業して就職できずにそのまま3年引きこもり、地元の警備員募集には親が応募したと言う。
見た目お調子者だったり軽薄そうな人間が誰しも本当にお調子者で軽薄なわけではない。そうした表層が彼らにとっての防衛手段であることも少なくないだろう。半年上っ面ながらやり取りをしてみてわかったが、彼は終始聞き役に回り、自分のことは殆ど話さない。相手のことを根掘り葉掘り訊き、その質問への反応でその内面を注意深く探っている。山口と言う男の目は、その小動物のような臆病さと好奇心の強さを物語っている。
『…何にも無いっすよー。何も無いからまぁ俺みたいなのも続いてるんすけどー』そう言いながらちらりと俺の表情を窺う。
何の反応も敢えてしない俺に
『でも才賀さんみたいな人があんな一流企業辞めてこんな仕事してるなんてー不思議でなりませんよー』
また来た。どうやらこの山口と言う男は俺の来し方に興味津々なようだ。それで何かにつけて探りを入れるような話の振り方をする。
『“こんな仕事”なんて、自分を貶めるような言い方するもんじゃない。それに俺は“こんな仕事”だなんて思ってない。渡りに船の有難い仕事だよ』
しまった。
『え?どう“渡りに船”なんすかー?』一瞬で山口の表情が変わった。
ほら来た。面倒くさい。俺は心の中で舌打ちしながら
『処世術に出世競争…出世に欲を出せば蹴落とそうと虎視眈々と狙う奴がいると思えば、無欲で臨めばやる気なしのレッテルを貼られる…。“一流”企業なんて名ばかりの、余りに馬鹿馬鹿しい集団にいることに辟易してたからね』
『ふー…ん』
これでもか、と言うほどつっこみようのない模範回答をしてやった。果たして山口は、期待していた俺に関する新情報が得られず、不満気である。その反応に俺は満足だ。…そう思う俺もまぁ大概大人気ないが。
『でもー才賀さんみたいな渋くて格好いい人がこんなところに…って…思ったら、やっぱ不思議っすよー』上目遣いで口角を上げた。これはこいつなりの最大限の愛嬌の表現なのか。人間づきあいのヘタな人間てのは表情すら的はずれだ。
『…』どう返しても話の接穂にされるのが目に見えてしまい、俺は口をつぐんで何の内容もない警備日誌にひたすら目を落とす。
『いや、だって、才賀さんて…ほら…俳優の…何て言いましたっけ、あれ…え…っとー…藤、竜也…でしたっけ?あの俳優に似てますよねー。あの人よか目が鋭いけどー』
山口はちらりちらりと俺の反応を観ながら言葉を足していく。
遅番の定刻は過ぎている。放っておけばそのうち諦めて帰るだろう。内心そう突き放して口元だけ曖昧に微笑む。
『ああもう時間ですねぇ。…そうそう。唯一の肉親だって言ってた才賀さんの娘さん、いつか写メでもいいっすから見せて下さいよー?美人なんだろうなー』
山口はそう言いながら、デスクの上の書類と携帯、マグカップをようやっと片付け始めた。
…鬱陶しい。…半年前、山口がこんな人間とはつゆ知らぬ俺は初対面の時、挨拶代わりの簡単な自己紹介で、『ご家族はご一緒なんですかー』という、一見無邪気な奴の質問に何の気なしに答えてしまったのだ。
『写メなんか無いよ』そう言うと俺は着替えるためロッカールームに向かった。若干苛立ちを見せてしまったかも知れぬが、まぁもうどうでもいい。
山口も身支度をするために俺の背後をいそいそ付いてくる。俺はこれ以上の失言・失態をせぬよう無言のまま制服に着替える。
『…にしても、いい体ですよねぇ…。向谷さんが言うのも納得だなぁ』しまいには俺の体の検分か。
山口の俺への好奇心は猫が目に入った小鳥を面白がっていたぶるのと変わらない。動物の本能同様、そうした行動には対象への敬意など微塵も無く、ましてやそうした蹂躙への理由も罪悪感も、当然ながら羞恥心も無い。こうした人間はおのれがどれほど無礼かを解っていない。この手合いは女に多いとされるが、俺の観測する限り男も女も同程度存在する。不愉快だが放っておくしかない。説いて諭した所でムダなのだ。
山口を放置し、俺は無言のまま手早く着替えを済ませ、警備員室に戻った。

山口の『じゃ、失礼しまーす』の声に俺は『おつかれ』と背中で返すと、警備室の椅子にふんぞり返っていつも通り入室する職員達をチェックする。
この研究所は開設されてから2年半だそうだ。
そこの女性研究員のもう一人、川口真須美が定時ぎりぎりに早足でやってきた。いつものように眠そうである。


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