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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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続編/律子その後-4

 マルゴは、ヴァランソルの家を訪ねてきた翔子の話をした。初対面だったにもかかわらず、姉のミニョンが、翔子は自分を救う天使だと言った人だと、瞬時に理解できたことを律子に告げると、
「翔子に代わってお礼を言うわ、マルゴ……」と言った言葉は、翔子が律子にとって特別な人であることを問わず語りに言ったも同然であった。
「母は、心の中では姉を許していたでしょう。でも姉を許さなかった父は、その死に方がなおのこと許せず、家の墓に入れることはまかりならぬと怒っています。翔子と姉の骨は一つのお骨箱に入れて永遠に離れなくなりました。父がそう言うなら、むしろ姉は、翔子の故郷日本へ帰ることを喜ぶでしょう。律子、そんなに泣かないで。日本のしきたりは分かりませんが、このお骨は律子の傍に置いてあげて。翔子もきっとそれを望んでいるわ」
「ありがとうマルゴ。あなたがいてくれて良かったわ。翔子は、このメゾンで元気でしたか?」
「姉を捜す翔子とはこのメゾンで何度も会ったのよ。何年かかっても探し出すって張り切っていたわ。食事も一緒にしたのよ。味を感じないほど苦しんできた長い月日も、少しだけ話してくれたの。でもここでは、毎日が楽しい。ミニョンと繋がっているのを感じる。歩くことで食欲が出ると、味がなくても食べられる。そして健康になったのよと言って、私においしいスープやサラダを作ってくれたのよ」
 マルゴは、そのときの翔子の姿が見えるように、部屋のあちこちを指さしながら語った。
「翔子と再会を果たした姉と、一度だけでも会いたかったけれど、翔子と姉の間でしか分からないことを、私は詮索したくありません。ただ、本当に二人は、幸せのうちに亡くなったことを信じています。そして、姉の長い間の苦しみを救ったのが、やはり翔子だったことも……」
「あなたから翔子のお話が聞けて良かったわ。私も翔子とミニョンさんと一緒に過ごしてきたような気がしてきましたもの。二人とも、もう私の傍から離しません。もしあなたが日本へ来ることがありましたら、私を訪ねてくださいね。あなたとも、姉妹のような気がしてなりません」
「そんなこと言ってくださるの。ありがとう。このメゾンは、あなたと私の共通物にしましょうね。こちらへおいでになったら、ここでまた一晩中でも翔子と姉のお話をしましょ」
 鴻作は、通訳することも忘れた女同士の会話を聞きながら、翔子の幸せな死に感動していた。

 帰りのフライトでも、小さくなってしまった翔子とミニョンを、愛おしむように抱きかかえて頬ずりしている律子だったが、もう泣いてはいなかった。心の中で翔子に語りかけていることが分かったので、鴻作は一言も話しかけず眠ることにした。

 律子の采配で、翔子とミニョンのお骨を祭壇に据えて社葬をした。
 会社に帰ってからの律子は、鴻作に尊敬の念を抱かせるほど毅然としていた。相談役、翔子に別れを告げる贈る言葉を述べる律子は涙を見せなかった。それは、並み居る社員やモデルたちも、<ママ>の実情を知らないにも関わらず、翔子の告白の一節などを織り交ぜた翔子の実像が証され、泣き崩れるほどの感動的なスピーチだった。
 しかし律子は、翔子の匂いが残る部屋に帰ると、辺り構わずに大声で心ゆくまで泣く毎日だった。翔子が、この時になってまで残していたミニョンの草臥れた絹のパンティーには翔子の匂いが残っていた。レースのほつれが翔子のミニョンに対する思いの深さを示していたが、律子にとっても、それは律子自身の想い出の品だったから、捨てることなど考えられなかった。
 翔子が、黙ってプロヴァンスへ発ってからの半年以上、律子はひとりこの部屋で耐えていた。プロヴァンスでメゾンを買ったことは、口座の引落し額で想像できたから、翔子はもうここに帰ってくることはない、と分かっていても、もしや、という希望を持っていた。そしてやっとこの部屋に帰ってきたのが、骨となってしまった翔子だった。それがなおさら辛さを増すのだった。
 社葬を取り仕切っていた当座は毅然としていた律子は、眠るときは、その小さな骨箱を胸の間に抱え、酒の勢いを借りて泣きながら眠る日が続いていた。会社にいても、あの悩ましい翔子の個室にも、本当に翔子の姿が消えてしまったことに耐えられなくなっていた。

 翔子の美の七光りがなかったとは言えないが、律子と絵美の美しさは、ノンプロのモデルたちにとって憧れであった。
 特に律子は、いままでの明るい無邪気さが消えて、もの悲しげな愁いが加わると、触れれば傷を負いそうな色気が滲み出てきたのをモデルたちは見逃さなかった。律子にとってみれば、悲しみの淵を彷徨っているにもかかわらず、その魅惑的な姿態は、モデルたちをも惑わすほどの存在になっていた。
 翔子と律子の睦まじさに割って入れなかった絵美も、あらためて律子の美しさに溜め息をつくまでになっていた。律子が振り向いてくれないもどかしさに人知れずもがいていた絵美は、翔子がいなくなったからといって、律子につけいるような卑しい女性ではなかったが、律子の嘆きが尋常でないことをどうする術もない自分に不甲斐なさを感じながら、痩せていく律子をはらはらしながら見守っているより仕方がなかった。



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