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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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続編/律子その後-3

「うん。愛おしいと思う哀れさ……ところが、律子の翻訳がどうであれ、翔子は見た目と違って、実にいきいきとした、いわばスケベな女だったと知って、私は、翔子のために本当にうれしかった。疑いようもなく人間だった。それを知って、スケベ心より嬉しさの方が先にきた」
「耕作さんって、律子を抱きたいって思う?」
「オイ。いきなり言うなよ」
「話のついでよ。相手がたとえ耕作さんでも、私は決して男の人に抱かれないけど、男の目から見て、律子はどうかなあって思って」
「律子なら男はすぐ惚れちゃうね。翔子が言っているだろ。私が男なら、律子のような子は絶対離さないだろうってさ。その通りだよ。律子はほんといい女だよ」
「お姉ちゃん……」
「もう泣くな。私まで泣きたくなる。まあ、こうして翔子の思い出話をしていると、翔子の供養になるよ」
「お姉ちゃんが恋しい……」
「でもね律子、今こんなこと言わなくてもと思うかも知れないが、そりゃあ君は翔子を忘れられないだろう。しかし、人は時と共に必ず悲しみも希釈されていく。時間というもののありがたさだよ。今は悲しいだろうが、自分を廃人だと言った翔子が蘇って幸せの絶頂で生を閉じた。それを喜んでやろうじゃないか。ね」
「ええ。頭ではそう思っているのよ。だけど、涙のヤツが言うことを聞いてくれないのよ」
 鴻作は、この律子が翔子によって開眼したのかと、翔子を褒めてやりたかった。律子には時間のありがたさを言いながら、自分は結婚もできなかったほど死んだ女を忘れられず、どんな女もその恋人と比べてしまうクセがついてしまった。しかし、翔子によって女になった律子が、もしビアンでなければ口説いてみたい、と思うほど律子を可愛く思った。
「飲むとだめね。男の人は、失恋して呑むなんてことを聞くけど、酔えば酔うほど悲しみが増してくるのね……。私もう寝る」

 鴻作はまだチビチビとやりながら翔子のことを想っていた。
 翔子の告白<Odeurs de la pêche>は、翔子が本当の娘なら、気恥ずかしくて読めなかっただろう内容を持っていた。しかし、娘のように接してきたとはいえ他人は他人。冷静に読むことはできたものの、律子がストレートに言うように、生きて動いて、食べて出して、という人間的営みを感じさせなかった翔子の妖しい姿態は絵となって迫ってきた。告白の中ではなんと生々しい官能の世界を経験していたことか。意味のない鑑賞するだけ女ではなかった。それが信じられたからこそ心の底から安堵したのである。ただ、翔子が生身の女だったことが、何故こんなにもうれしいのか、自分でも説明がつかなかった。
 プルミエール・シートのベッドで、涙の後を拭こうともせず、酔いの力を借りて眠っている律子が、か細く哀れに見えてきて、思わず涙がこぼれた。
 
 翔子の後を辿りたい、という律子の希望で、プロヴァンスまでは電車にした。

 ルパンタンスのメゾンでマルゴが待っていて、挨拶もそこそこに翔子の遺言を見せた。
 ミニョンを探し当てながら連絡もせず死んでいくことを詫びながら、ミニョンと自分が一つであることが今ほど感じられる時は他にない。幸せの絶頂で天国へ行くときは、誰一人介在することを許したくなかった気持ちなどが切々と綴られており、鴻作には、二人の愛が完全な形で成就した喜びが、律子の訳でよく分かった。
 また、ルパンタンスのプチメゾンと、翔子の持ち金をマルゴに譲ることがサインされており、<ミニョンと翔子の骨を離さないで欲しい>という願いは、鴻作と律子に宛てた遺言と同じであった。
 
 翔子は、自分たちが朽ちていく前に発見して欲しかったのだろう。クリスマスにかこつけて、マルゴにそれとなくメールを入れていたらしい。

 マルゴの話では、二人の衣装は全く同じ純白の新しいドレスで装われ、室内は清潔に保たれて塵ひとつなかったという。パソコンもまた、全てのデータは消去され、翔子の半年の軌跡をたどることもできなかった。
 マルゴは、美しい二人の亡骸を見ながらひとしきり泣いた後、ミニョンが半年間身を潜めていた教会の神父を呼んだ。
 この神父は、ミニョンの告解を受けてその苦悩をよく理解していたので、翔子が現れたとき、すでに二人の死を予感していたかのような口振りだったと言う。そして、<神父として無力を感じる。この女性は、まさしくミニョンを救う天使だったのかも知れない>と言ったらしい。
 マルゴ以外誰にも知らせず、ミニョンと翔子をひとつにするための葬儀に祈りを捧げ、全ての処置をやってくれた。
<ほんとうに二人はひとつになれたのね>とマルゴは泣いた。

 律子は、マルゴの言葉を鴻作に通訳しながら、翔子の香りが残るベッドやキッチンを撫で、残された翔子の衣服や下着を抱きかかえて泣き通しであった。
 マルゴもまた泣きながら、律子と翔子の関係をよく知らないとは言え、律子が翔子の骨を抱いて頬ずりをして嘆く態度で、おおよその見当は付けたであろう。


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