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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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第5章  プロヴァンスへ-4

 あの老婦人が<ヴァランソルはもうすぐラベンダー祭り(fête de la lavande)だと思いますが、お部屋があればいいですね>と言われた通り、小さな街のホテルは3つほどしかなく、どこも観光客で一杯でした。
 1軒のホテルで<普通のお部屋は予約を含めて満室なんです……最高級のお部屋でよろしければお取りできますが、ちょっとお値段が……>と言われたので、私は、値段のことなどかまいません。なんなら、ホテル毎買いましょうか? と言うと、3人もの案内係がかけつけて、小さなバッグ一つの私に<あの……お荷物は><これだけです>
 今の私には、眠る部屋など、例え馬小屋だって良かったのです。ただ、部屋の隅々までラベンダーの香りさえ漂っていれば。

 翌日私は観光案内地図と夏着を買い、先ずミニョンの実家を探しました。
 ヴァランソルの中心街から、グレウーという標識の道路を南へ下って行くと、観光客でしょうか、案外多くの人たちがみんな高原のトレッキングを楽しんでいるように見えました。
 いい加減な地図と人づてに、入り組んだ道路を3〜4キロほど降っていくと、左右にはラベンダー畑に囲まれた小さな農家が散在しています。観光ではない私は、ひとり胸の塞がる思いを秘めて、一際細くなった道路の左右を眺めながら進み、行き着いたあたりがメモにあるミニョンの実家だと分かりました。南のなだらかな斜面が、こじんまりとしたラベンダー畑になっていて、もうすぐ刈り入れの様相でした。
 胸が張り裂けそうな歩みも止まりがちでしたが、意を決して粗末ともいえる農家に案内を請いました。
 前庭で、赤ちゃんをスリング(抱っこひも)で抱えて洗濯物を採り入れている若い女性が振り向き、日本人の私を見て驚いたように目を見張りました。
「あなたは、もしかしたらミス・ショコではありませんか?」
「はい。そうですが……どうして私を……?」
「ミニョンから随分聞かされました。姉は、日本に長くいて、あなたほど美しい女性は見たことがないって……」
「ミニョンの妹さん……?」
「ええ、そうです。マルゴといいます」
「それで……それで……お姉さまは……?」
「…………」
「お願いです、教えて下さいませんか……?」
「分からないんです。……何ですか、こちらに一度は帰ってきたんですが、何か日本で辛い目に遭った様子で。……私とはいろいろ話はしたのですが、その事はいずれ話すときもあるからと言って、3日も経ずに出て行ってしまったのです」
「ああ……」
「あなたはひと目で分かりました。姉が私の天使を見つけたと言った意味が……でも……両親の怒りをかっていますから、多分ここには戻らないでしょう。今両親は畑に出ています。急いでお帰りなさい。ごめんなさいねこんなこと言って。両親は田舎者で古い考えの人ですから、もし、日本人のあなたを見ればどういうことになるかを怖れます」
「わかりましたわ……。でも、なにか少しでもお姉さんのこと、分からないかしら」
「そうねえ……これは私の想像なんですけど、多分……多分ですよ、どこかの修道院に入ったのではないかと……。姉の苦しむ様は、私も辛くなるほどでしたから……。私が姉なら、エス様に救いを求めるんじゃないかと……」
「ああ……」
「あなたもお苦しみのように見えますわ。あなたとお話ししていると姉と話しているような気がします」
「私も……あなたを見ていると、ミニョンを感じます。もし、なにか、少しでも分かりましたら、私の携帯電話にメールでも結構ですから教えて下さい。お願い……お願いします。もう、日本には帰らない積もりでいます」
「分かったわ。必ず……。姉を捜して下さい。二人きりの姉妹です。私は姉が大好きです。どんな状況にあっても、姉のことは愛しています……。さあ、早く」

 ミニョンの家から去るとき、帽子を目深にし、ああ、この衣装で良かった……と思ったのは、ヴァランソルのホテルに入ると直ぐに用品店でプロヴァンスの民族衣装に似た夏服と帽子を手に入れておりましたから、私の思いとは別に、ミニョンの両親には気付かれないかも知れないと思った自分を少し恥じました。悪いことをしているわけでもないのに、マルゴの注意が私を卑屈にしていました。
 ミニョンの妹のマルゴから<修道院>という手がかりを得ました。その手がかりは、ミニョンが生きていること、そして、プロヴァンスに居るという確信となって私を勇気づけてくれました。いつの頃だったか……私が、ミニョンの匂い、言い換えればラベンダーの香りが大好きだと言った事、プロヴァンスの海と空を翔子に見せてあげたい、と常に言っていたこと、そして何より、ミニョンと心が一つになっていること……それを考えただけでも、パリとかブルゴーニュとか、フランスの土地のあれこれを思い浮かべても、そこにミニョンの姿が見えないのです。ミニョンは、必ずこのプロヴァンス、南仏にいるに違いないと、私の勝手な解釈がそう思わせるだけかも知れませんけれど。


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