第4章 展開-18
5、デジャヴュ
会社は3周年の盛大なお祝いをするまでになりました。
私は殆ど用無しの存在でも、モデルクラブのスケジュール表は、空白がないくらいに業界に浸透していきました。
律子と絵美の息が合ったコンビネーションのおかげでしょう。二人に任せている以上、このモデルクラブは今後も発展するだろうと確信が持てました。
とはいえ、常に美しさを競い合っているモデルたちの間には、クライアントの依頼に適したモデルを選ぶ律子と絵美の選択眼に対する不平や不満が出てくるのも仕方のないことでした。20人のモデルたちにとっては、組織上の階級は逆らえないものなのでしょうが、私の存在より、むしろ派遣実務としてモデル選択を左右する律子と絵美のどちらのお気に入りになるかが大きな関心事でした。選ばれるための方法が、どうしても身体を張る意味を持ってしまいます。律子はともかく、絵美もまた同性愛者だと見られているようでしたから、目に見えるような派閥になるのは最も注意しなければならない点でした。そうした波に乗れない子は、二人の上にいる私に直接売り込む子もいました。律子が嫌うのはそうした打算による関係でした。律子にとっての最愛の恋人が私であることを知っている絵美が、もし、モデルの一人と特別の関係になると、彼女たちの間にはかなりの軋轢が出てくることになります。
「リッコ、絵美をママと呼ばせたらどう?」
「それ、駄目なんです。モデルたちは、ごく自然にお姉ちゃんを<ママ>って呼んでいるんだもの。そのうちモデルたちには、絵美を<お姉さん>と呼ばせようかと思ったんだけど、やっぱり、私を<ボス>と呼んでいるんだから、会社的にドライに<専務>と呼ばせようかと思ってるの」
「ふーン、でも、専務もちょっとモデルクラブとしては不似合いな感じがするけど……」
「お姉ちゃん、モデルが何か言っていたの?」
「ええ……ちょっとね。自分が美しいモデルだと思っている女性が20人もいると、なかなか難しいのね。翔子がパーティションの奥にいるとも知らずに、絵美のことをリッコの恋人みたいにヒソヒソ話し合ってる子がいたの。仕事上のコンビですもの。そう思われるくらい息がピッタリしているのはいいことなんだけど……実は、なんだか、律子と絵美のどちらに好かれるかを探り合っているように聞こえて、ちょっと嫌だった」
「だから私、会社内で女女した世界を出さないように、私を<ボス>って呼んでいるのだから、絵美を<専務>と呼ばせた方が、個人的ななれ合いの雰囲気にならないと思うの。それに私、もしそのような態度をとるような子がいたら、はっきりと解雇しようと思ってるの。そのための規則を今作っているところよ。近い内にお姉ちゃんの決済をお願いするわ」
「リッコ、さすが社長。偉いわねえ……リッコの言うことが正しいようだわ。翔子は、絵美がモデルの誰かと特別な関係にならないかとつい心配しちゃったの。やっぱりしっかり見ているのね。リッコに任せていれば安心ね」
「それよりお姉ちゃん……モデルの中には、お姉ちゃんに愛されたいって思ってる子が何人もいるから、私、お姉ちゃんに直接向かっていく子の方が心配なの」
「どうしてそんなこと知っているの」
「エステ室で一緒になったモデル同士が、どちらが先にお姉ちゃんに抱いてもらえるか……だって。そんな話を結構おおっぴらに話しているって、エステティシャンが私に言うの……」
「……そんなの、単なるふざけあいか、さっきのリッコと絵美に対する探り合いでしょ? リッコの規則ができたら、そんな話もなくなるでしょ? でも、リッコにちょっと聞きたいんだけど」
「なにかしら?」
「翔子って、男性に声を掛けられたことなんて一度もないのに、どうして女性ばかりが翔子のことをそんな風に見るのかしら?」
「お姉ちゃんには分からないの?」
「分かるわけないじゃないの。リッコは分かるの?」
「当たり前でしょ。一秒でお姉ちゃんの虜になった女よ、私は……」
「ふーン……で?」
「お姉ちゃんって、本当に男性から声をかけられたことがないの? お姉ちゃんのような人が街を歩いていたら、スカウトされそうなのに」
「スカウトって?」
「芸能界とか、モデルにならないか……とかって」
「あれがそうなら、何度かあるけど。でも、あのう……って、声をかけられただけで気持ち悪くて、黙って走り去っちゃうもの。それに翔子は、賑やかなところなんかあまり行かないし」
「ほら、ごらんなさい。やっぱりあるんじゃない。無い方が不思議よ」
「でも、それって、口説かれたってことではないでしょ?」
「それはそうだけど……。男の人は、多分、お姉ちゃんは口説けないかもしれないわ……。そういう隙がないもの」
「でも、女性が翔子に積極的だってことは、翔子の隙が分かるってこと?」
「お姉ちゃんはね、宝塚の男役のような……っていうか……」
「なあに、その、宝塚って……」