第3章 破滅-4
「お嬢様! お風邪を召すから、何か着て下さい……」
小枝子が毛布を掛けながら私を抱き起こそうとしておりました。
サキと智代もいて、ポタージュスープの匂いが漂っておりました。朝の光が眩しく差し込んでおり、いつもなら、朝のキッチンに居るはずのない3人がお互いに殆ど口も聞かず、どこか陰鬱な表情で私だけの面倒を見ようとしているのが不思議でした。私はスープを運んできたサキに、<ミニョンは?>と、小声で聞きました。
「ええ……ちょっと」
何も聞かないでくれと言わんばかりにそそくさと私から離れていくのです。
智代が<今日は多分お母様とミニョンさんはお帰りにならないと思いますから、何かご用がございましたらベルを鳴らして下さいましね>と言うと、三人は私に軽く会釈をして部屋を出ようとします。私は、ひとり置いておかれる不安がいきなり襲ってきました。
「サキだけでも私と居てくれないの?」
「お嬢様、申し訳ございませんけど、これからまた三人とも出かけなければならないんですよ。お寂しいでしょうけど、ちょっと我慢していてくださいね。お母様にお頼みして、智代か小枝子のどちらかをここにお返しして頂けるようお願いしてみますから」
そこまで言われると返す言葉がなく、サキは小さく頷く私を哀れむような目で見ました。その目には私を不安にさせる暗い影を宿しておりました。
サキたちは忙しく家の中を行き来していたかと思うと、やがて大きなバッグをそれぞれが手にし、振り返ることもなく出ていくのを眺めているより仕方ありませんでした。
ミニョンの身の上に、いや、母も共にかも知れない。やはり夕べ、あの後に何かがあったのだと、得体の知れない恐怖が体を震わせました。でも、そうしていることが、余計私の恐怖を煽ることになると思い、取りあえず動くことだ、その上で行動を起こそう、と、朝の陽光に助けられて体を起こしました。
部屋は快適な温度なのに、智代が掛けてくれた毛布と纏っていたシーツを剥ぐと、私は裸であったことに初めて気が付きました。寒さのせいではないと分かっていながら震えを留めることができず、とにかくいつものようにお風呂で暖まろうと浴室へ行き、お湯を張ってラベンダーのアロマ液を垂らしました。その香りに触れた瞬間、私は、バスタブに伏して声を上げて泣きました。
智代だけが帰されてきて、私のために世話をしようとするのですが、智代もひょっとしたら……と、一瞬頭を過ぎったことが煩わしさを助長していくのでした。用意してくれる食べ物は喉を通らず、わずかに冷たい牛乳だけが生きている感触でした。
ミニョンは母たちによって病院にかつぎこまれていて、治療しているだけかも知れない。私だけが大げさに考え過ぎているのかも知れない。でも、あのサキの暗い目は何だったのだろう。ミニョンは死んでしまった……いやだ、そんなことがあってたまるもんですか。なぜ智代は一人帰されながら何も答えてくれないのだろう……。サキと小枝子は? 母は? どこで何をしているのだろう……私はとりとめのない希望と絶望の自問自答を繰り返すだけでした。
次の日も、また次の日も、智代は帰り、そしてなにがしかの私の食事を用意すると一言も言わずに出かけてしまうのでした。
涙が涸れるというのは本当でした。慟哭しているはずなのに涙は出ず、それが余計に悲しみの深さを拡げていくだけでした。私は、終日ミニョンの部屋で彼女の香りが残っているものをかき集め、それに埋もれて眠るだけでした。痩せた、というより、鏡に映る顔は老婆のように見えました。智代は何も教えてくれず、何も解らないまま空しい日が過ぎていくだけでした。