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卒業
【純愛 恋愛小説】

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卒業-3



「俺たち最後の展覧会なんだから、絶対に出品しろよ。」

「わかってるよ。」

これまで美術部は、シーズン毎に一度づつ校内展覧会を開いてきた。


そして、1ヶ月半後の――卒業式当日に開かれる卒業制作展は、二人にとって最後の展覧会になるのだ。


能代の頭の中にはまだ何も浮かんでいない。


力が入れば入るほどインスピレーションは遠ざかっていくようだった。



「俺――ちょっと気分変えてくるわ。」



能代は美術室を出た。



とりあえず今日中にイメージだけでも決めてしまわなければならない。

能代の足は自然と図書館に向かっていた。

図書館には能代のすきな画家、鴨居怜の画集がある。


美術室にこもって煮詰まった時、能代はいつもこの画集を眺めることにしている。


鴨居の絵を眺めていると、それだけで心にエネルギーが満たされ、今まで見えなかったもの、目をそらしてきたものが自然と見えてくるような気がするのだ。


図書館は閉館時間が迫っているにもかかわらず、まだ進路の決まっていない3年生がたくさん参考書を広げていた。

すでに美術系の大学に推薦をもらっている能代や松永は気楽な身分だ。

能代はまっすぐ美術書コーナーへと向かった。


――ところが、探せど探せど目当ての画集は見当たらない。

「なんだよ今日に限って…」

能代はイラッとしながらカウンターに向かった。

カウンターでは図書委員らしき女の子がうつむいて何やらカードのようなものを書いている。

「あの、借りたい本が見当たらないんだけど…」

「あ、はいっ!」

女の子がパッと顔をあげた。ポニーテールに鮮やかな緑色のリボンを結んでいる。
ドキッとするほど美しい少女だった。
まるで松永の作った彫刻に魂が宿ったようだ――と能代は思った。

「あの……鴨居怜って人の画集なんだけど…」

能代がたずねると少女は一瞬当惑した表情をみせたが、すぐにこう答えた。


「すみません。あれは貸し出し中なんです。」

透明感のある美しい声だった。


「貸し出し中?」

鴨居怜はそれほどメジャーな画家ではない。

この3年間画集が貸し出し中だったことは一度もなかったのだ。今日に限って貸し出し中とはにわかに信じがたい。

にもかかわらず、少女は貸し出し記録をまったく確認しようともしない。

さすがに能代はムッとしてきつい口調で言った。

「ちゃんと調べてくれないかな。どうしてもすぐ借りたいんだ。」

すると少女は困り果てた顔で考え込んでいたが、恥ずかしそうにうつむいて意外なことを言った。

「本当にごめんなさい。……実はその本……私が借りてるんです。」

「えっ…キミが?」

能代は驚きで目を見開いた。

「……は、はい……」

途端に少女はイタズラを見つかった子供のように耳まで真っ赤になった。


能代は目の前でうつむいている少女に急に親近感が湧いてきた。


「鴨居怜、好きなの?」


ごく自然に質問が口をついてでていた。


「……はい。でも急いでおられるようですので、明日にでも返却しておきます。…本当にごめんなさい。」


少女は申し訳なさそうに頭を下げた。
ハキハキとした、聡明さを感じさせる話し方だった。


「いや……ごめん。そうだったのか。」
今度は能代が謝った。

「いえっ……あのっ……他の人が借りてしまうといけないので、念のためこちらの予約カードに書いておきます。 本は明日カウンターに置いておきますので直接こちらに来てください。」


少女はあわてて予約カードを記入し、能代に手渡した。指先がかすかに震えていた。

「ああ、ありがとう。……本当にごめん。」

その時になって始めて少女の名札を見た。


『高瀬みどり』
名札には赤いラインが入っている。


手渡された予約カードはとても読みやすい美しい文字で書かれていた。


みどり――その名前とポニーテールの上で揺れていた鮮やかな緑色のリボンが能代の中に強烈な印象を残した。





その夜能代は夢を見た。


窓も扉もない殺風景なアトリエで、能代は一人キャンバスにむかっている。


描けない――――。


頭の中に浮かんでいたいくつかの断片的なイメージが、全て粉々に崩壊していくような気がした。


糸屑のように空気中に散らばったイメージが、能代を嘲笑うように消えていく。


―――待ってくれ―――。


孤独感にうちひしがれそうになったその時、突然壁に大きな窓が開いた。



部屋にみずみずしい空気が流れ込み、爽やかな風が吹きわたった。


能代は立ち上がって窓に近づいた。


風に揺れているレースのカーテンをゆっくりと開く。


窓から見えたのは、一面の眩しいほどの緑――。




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