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卒業
【純愛 恋愛小説】

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卒業-2


美術室では、当の松永が呑気な顔で丸太にカンナをかけていた。

卒業展に出品する彫刻の下準備に取りかかっているらしい。


「よぅ部長。おそいんじゃねーの?」


「るせぇよ。誰のせいでおそいと思ってんだ」


能代はカバンをロッカーの中に放り投げると、いつもの席――――すなわち松永のすぐ隣に座った。



「何それ?俺お前になんかした?」

松永は木屑を払いながらのんびりとした口調で言う。


「お前の第二ボタンのことでまた呼び出されたんだよ。2年の山岸って子。覚えてるか?」


「山岸ぃ?わかんねぇよ。同学年のヤツでも怪しいのに、後輩の名前なんていちいち覚えてねぇって」


松永はまったく興味がなさそうに丸太を削り続けている。


「お前また気のあるそぶりみせたんじゃないのか?そんな感じだったぞ」


「ああ。……まあ誰にでもある程度そういう態度とっとけば、何かと楽だからね」

サラッと当たり前のように言ったが、やっていることは男として最低だ。


松永のことは好きだが、こういうところはちょっと理解できないなと思う。


松永はスポーツから音楽、美術までなんでもこなす器用な男で、今は美術部副部長と軽音楽部とバスケ部をかけもちしている。

しかもちゃっかりそれぞれのおいしいところは持っていく要領のいい男だ。

女の子関係もそれと同じ感覚で広く浅く手を広げるため、親友の能代はしばしば今日のような迷惑をこうむっているのだ。

「人のボタンなんてそんなに欲しいかねぇ。ま、そのおかげで卒業までモテモテ気分味わえるからいいけどさ。」



「―――お前そんなんでいいのか?もう少しまともな恋愛しろよ」


能代はデッサン帳を広げながら非難がましく松永を横目でにらむ。


「ハン!……その言葉はそっくりそのまま偏屈ジジイのお前に返すよ」


「誰がジジイだよ。」


松永の言うとおり、能代はどちらかといえば人づきあいが苦手で偏屈なほうだ。


特に女の子に対する態度は素っ気なさを通り越して悪意すら感じられる時が多い。



能代は運動神経も悪くないし、ビジュアル的にはむしろ松永より上かもしれない。


どことなく憂いを帯びた端正な顔立ちは、男の松永から見てもなかなかのものだと思う。


その気になれば彼女の一人や二人すぐ出来るだろう。


しかしストイックな能代は女子をまったく寄せつけないどころか、存在自体迷惑にさえ感じているようなのだ。



部活も地味な美術部一筋で華やかな運動部には目もくれない。


まさしく変り者の偏屈ジジイなのだ。
松永はそれが歯痒くてしょうがない。


そんな正反対の二人は、何故か出会った時から不思議なほど馬が合い、気がつけば無二の親友になっていた。


周りから見れば全く奇異な組み合わせの二人なのだろうが、ちょうど光と影が常に対をなしているのとおなじように、この3年間、松永の隣にはいつも能代の姿があった。


「よっしゃ!これでよし。」



松永は削り終えた丸太をポンポンと叩き、傍らにあったスポーツドリンクを手にとりながら能代のデッサン帳を覗き込んだ。


「能代……お前そんなペースで卒業展に間に合うのか?」


能代はいつものように油絵を出品するつもりでいるらしいが、デッサン帳にはイメージの断片のような殴り描きがあるだけで、作品としてのまとまりは全く出来ていないように見えた。


「俺の作品はお前のと違って奥が深いの。お前みたいに大量生産しないぶん時間がかかんだよ」


「はっはっは!俺の場合は芸術的直感力に優れていると言ってくれ。」


「バーカ。早けりゃいいってもんじゃねえんだよ。」


能代は悪態をついたが、内心では実は松永のたぐいまれな彫刻センスを高く評価している。

特に松永の作る女性像が能代は好きだった。

不思議なことに、松永の作り出す女性像はいつも松永をとりまいている女の子たちのイメージとはまるで違うのだ。


美しく、控え目で、清楚で、それでいて凛としている。


軽薄な松永からは想像がつかないほど清涼感ただよう爽やかな作品ばかりなのだ。


そして人物がどれも生き生きとしている。

それほどクオリティの高い作品を、松永はデッサンもせずにいきなり丸太から切り出していく。


一つ一つ丁寧にデッサンをおこし、自分の中で吟味して納得してからでなければキャンバスに何も描きはじめられない能代から見れば、それはほとんど神業と言ってよかった。






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