蠍星-Antaless--1
月が笑う。
深く、暗い闇の中で。
東の空には赤い星……アンタレス。
毒をもつ蠍の星。
軽いはずのあいつの重みが
じわり、じわりと食い込んでくる。
『動力』はもう、限界まで来ていた。
俺にとって全て初めての体験だった。
地表に出た事も
ここまで動いたことも
長い時間メンテナンス無しでいた事も
激しい頭痛が俺を襲う。
それと同時に、あいつを支える重力シールドが弱まった。
その重みに思わずよろめく。
もう、限界まで来ていた。
それでも不思議と苦しくはなかった。
俺は今、自分の意思を持って歩いている。
誰に制限もされず、あいつのために生きている。
それがただ、誇らしかった。
メンテナンス不良を訴える頭痛は、相変わらず激しい。
それでも俺は歩いていた。
放射能の残る、この地表で。
人々はある時、戦争を求めた。
大きな意思に動かされての事だったのかもしれない。
人の世の中のよくある話。
しかし、それによって大量の財を成す一部の人間がいた事が
戦争を意思の持った生き物に変えた。
いつしか人類は破壊を手に入れた。
それを使うことにより、自分も破滅に導いてしまう破壊を。
そしてそのスイッチを入れたものがいた。
XX年……通称「審判の日」
その日、多くの人々は死んだ。
全ての生物は死に絶え、人間は地下へと逃げる。
美しい青い地表を捨て、暗い地下へと。
ただ、生きるためだけに。
その命に意味はなくとも。
その命の中に、自らを破滅に導く毒を仕込みながら。
よろめきそうになりながら顔を上げる。
視線の先にあるのは小さな丘だった。
あそこならきっと織姫と彦星が見えるだろう。
残る力を振り絞り、あいつを抱えなおす。
俺はまだ生きている。
それが例え仮初めの命だろうとも
そして歩き出す。
夜空に浮かぶ、星の丘へと。