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さよならの向こう側
【悲恋 恋愛小説】

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第四章 昭和十一年〜桜〜-6

この町に越してきた三年前の春、母様に連れられてご挨拶に伺った町長宅で、私は初めて百瀬兄弟に出逢った。
少し身体の弱い幸蔵さんは、それでも当時から大人びていて優しくて。
「よく来たね。何か困ったことがあったらすぐに言うんだよ」
緊張で固まる私の頭に手を乗せて、穏やかに微笑んでくれたあの時を今でもはっきり覚えてる。
でも、次の瞬間――。
「な〜んだ、こんなガキなのか。痩せてるしチビだし、つまんねぇの。まぁ、よろしくな」
予想もしていなかった罵詈雑言に固まる私に、握手をするかのように伸ばした手から、なんと蛙を飛び出させたのはこの次男坊。
あの衝撃の瞬間も、悔しいけれど今でもはっきり覚えているわ。
その後、頭を抱える幸蔵さんの隣で、良太郎さんは町長に殴られていたけれど。
それから三年の月日が流れて、優しい幸蔵さんは更に穏やかで大人っぽくなられて。
背が伸びて幸蔵さんと同じくらいになった良太郎さんは、さすがにもう蛙は投げないけれど、今でも町の子供たちの中心人物だ。
そして私も、少し背が伸びて体つきも変わって、今はチビでも痩せてもいなくなった。
それに、知りたくなかった現実を知り、大人たちの様々な思惑の中で翻弄されるうちに、いつしか子どもらしくない子どもになってしまった。
ひたすらに、早く大人になることを願うひねくれた少女。
それが今の私だ。

「可愛げかぁ…」
拳骨とともに降ってきた良太郎さんの言葉。
およそ自分には似合わないその単語を呟いてみる。
「ん?」
前を行く良太郎さんが歩みを止めた。
何か会話を交わすわけでもないまま、ただ目的もなく歩き続けて、気が付けば良太郎さんと二人、町を流れる川沿いの桜並木にまで出て来ていた。
満開の桜たちが、四月の穏やかな風に揺れている。
「可愛いらしさなんて、いらない。私は、誰にも頼らずに生きてゆける大人になりたいんだもの」
「ハル…」
わずかに、良太郎さんの表情が切なく揺れた。
でも、同情なんかしないでほしい。
私は、あなたの喧嘩相手。
「…そうか。でも、お前、兄さんの前では可愛い表情(かお)しておるけどな」「――へっ?幸蔵さんの前で…って、どうして?」
そんなつもりは全くなかったんだけどな。
むしろ、緊張してきごちない自分を晒している記憶しかないのに。
「どうしてって、お前…」一瞬、良太郎さんは言葉に詰まった様子だったが。
「ハルが、兄さんを好きだからだろ?」
(…………?)
「もしかして…自覚ないのか、お前」
「…好きって…えぇっ!?私が幸蔵さんを?」
口に出した途端、顔に血が上るのがわかった。
熱い。
そして、恥ずかしい。
「…もう、なんで良太郎さんはいつもそういう意地悪を言うの!?」
頭の中は大混乱で、苦し紛れに振り上げた拳は軽く良太郎さんに当たった。
「痛っ!わかった、悪かったよ、ハル」
駆け出す良太郎さん。
無我夢中でその背中を追いかけながら、吹き抜ける爽やかな風に冷まされて、少しずつ整理される頭の中。
そして、導き出したひとつの答えは――。


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