三人の男たちの冬物語(短編2)-7
ガラスの向こうの喫茶店の中で、葡萄酒色の衣服に包まれた燿華という女は、小さなパソコンを
開いている。耳元から流れるように続く白いうなじから、あの匂いが漂ってくるようだった。
そして、どこか懐かしい彼女の匂いを、ふと心に感じたとき、ミホコの横顔がはっきりと脳裏に
浮かんできた。もう一度、ミホコと出会えたら、きっと僕は、ほんとうのミホコの匂いと心を
抱きしめてあげられそうな気がした。
小雪が舞い散る中を、僕はコートの襟をたてて、通りに佇んだまま喫茶店のガラス越しにずっと
燿華という女を見つめ続けていた。
そのときだった…
「何を見ているの…あなた…」と、僕の背中に声をかけた女…
そこに立っていたのは、五年ぶりに会ったミホコだった…。
やせていた…。頬がこけた顔は以前のミホコとは別人のように青白かった。化粧っ気すらない素
顔の薄い綺麗な唇だけが、あの頃と変わらず微かに潤んでいた。
「あの男と別れちゃったわ…それに、会社もやめたの…」と、ミホコはうつむき加減に言いなが
ら、僕の肩に顔を寄せる。
ミホコの手首に残る縄の痕のような赤い筋…僕はミホコを強く抱きよせた。ミホコの冷え切った
やせた体の芯が、僕の腕の中で切なく感じるほど小刻みに震えていた。
「…また、僕のところに戻ってこないか…」
そう呟いた僕の腕の中で、小さく頷くミホコの閉じた瞳の端が潤み、白い頬を微かな涙が糸を引
くように流れる。僕はミホコを強く抱きしめ、涙で濡れた彼女の頬に唇を寄せた。
いい匂いがした…それは、僕が知らなかったミホコの匂いだった。
そして…
僕が、あのころ気づいてあげられなかったミホコの悲しい匂いのような気がした…。