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命萌ゆる、その瞬間を
【ボーイズ 恋愛小説】

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命萌ゆる、その瞬間を-3

 俺とシュリは、それから毎日、教会のゆずり葉の木の下で、そんな他愛無い時間を過ごした。
 特に、待ち合わしているわけではないし、何か用事があるわけでもない。
 でも俺は、毎日無理してでもそこへ行く。
 だって、アイツは俺が行くといつもあの木の下で笑っているんだ。
 俺が来なくてもアイツは待っている…そう思うと、居ても立ってもいられない。
 おまえは、毎日いつからここに座っているんだ?そして、一体どこから来て、どこへ帰っていくのか?
 視線を斜めに落とす。
 俺の肩にもたれかかって静かな寝息を立てているシュリの髪の毛が首筋を優しく撫でるのを感じながら、木漏れ日を受け止めてキラリと光るまつ毛をボーっと見つめ、『コイツはこのユズリハの木の妖精だったりして』なんて本気で考えながら、葉が青々と生い茂る天を仰いで、そっと目を閉じる。
 なぁシュリ、俺が来なかったら…それでもおまえは次の日も、また次の日も、ここで待っているの?
 どちらかが、ここに来なくなるまでこの奇妙な『待ち合わせ』は続くんだろうか…
 それよりも、どっちかが、ここへ来なくなる日が来るんだろうか……
 そんな日は、ずっと来なければいいな。不思議なくらい素直にそう思っていた。
 『会えなくなる日なんて来なければいい』…しかし、その日は、意外と早くにやってきたのだった。

 俺はその日、いつもより断然早く定位置に到着した。それなのに、そこにあるべきシュリの、あのガラス細工のような繊細な笑顔が、そこにはなかった。
 次の日も、そのまた次の日も……―。
 まさか自分がシュリのことを待つことになるなんて…思いもしなかった。
 そして、しんしんと降り積もる雪のように、儚い待ちぼうけを、一日、また一日とかさね、不安な想いをかさねればかさねるほど、一番下にあるふんわりとした曖昧な気持ちは、かさなっていく想いの重みに踏み固められ、硬く、確信的なものへと変化していく。
『もう一度、シュリに会いたい!』と。
 だけど、気が付くと、俺の手元には、彼を探す術が何一つなかった。
 俺は彼を知らなすぎた…こんなことなら、もっと色々聞いておくべきだったと後悔の念に苛まれながら、ふっと、視線は一点に定まる。
「ユズリハ…」
 今にも朽ちて消えてなくなってしまいそうな立て看板に目を貼り付けたまま、そう無意識に呟いた。
 初めてここで出会った時のシュリの言葉

 『ユズリハって、新しい葉が出来ると、入れ替わって古い葉は落ちてしまうんだ。見て、ここに書いてある詩『新しい葉が出来ると無造作に落ちる 新しい葉に命を譲って……』だって。なんか素敵だよね。そういうの。新しい命に自分の命を託すって感じでさ』
 
 俺は、眉間に皺を寄せて顔をしかめる。
 コクリと飲み込む自分の唾液さえ詰まってしまいそうなほどの喉の渇きと共に、ソワソワと沸き起こる嫌な予感…
 その瞬間、俺は、ハッと振り返る。そして、何かに引きずり出されるように木陰から飛び出すと、忙しく左右を何度も何度も振り返る。
 だって俺は思い出したんだ。
 ここで初めて会った時、既にアイツは知っていた。毎日意味も無くここへ通っている俺の事を。

 『あんたも毎日飽きないな。ほら、俺んちすぐそこだからさ。お前が毎日ここに来ているのがよく見えるんだよ』

 次々に思い出されるシュリの言葉。
 いつも見ている…確かにアイツはそう言った。
 きっと今日もアイツはどこからか、俺を見ている筈なんだ。
 昨日も、そのまた昨日も……そして今だって……。
「くそっ…どこだよ……」
 苛立ちに、震える声が隠せない。
 落ち着いて、シュリの言葉をつぶさに思い出す。
 そして俺はひとつの台詞に凍りついた。
『てっぺんのほうは、もう新芽が出ているから、そろそろ命を譲る日が来るのかな』
 てっぺん……この10メートル近くある木のてっぺんが見えるの場所はただひとつ……−。
 ハァハァと白い息を吐き捨てながら、ゆっくりと顔を上げ、天を仰ぐ…。
 そこには、巨大な硬く冷たい病院が高く聳え立っていた。


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