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命萌ゆる、その瞬間を
【ボーイズ 恋愛小説】

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命萌ゆる、その瞬間を-2

 俺を奈落のそこへ突き落とした出来事…その日、俺は今後を左右するであろう大事な試合に、張り切りすぎていたのは確かだった。
 バスケットボールを狙う俺の行く手を、スクリーンをかけて遮る相手のオフェンス。しかし、俺はその男の脇をあっさりと通過。
 ギョッと睨みつけた男は、最後の手段か、腹いせとばかりに、思い切り体当たりしてきたのだった。
 勢い余って、床に叩き付けられた俺の身体は、あの、キュゥーという体育館の床が擦れる独特の音と共に、その場に放り出された。
 バスケの試合ならよくある風景。いちいちファールを怖がっていては、がっちりとしたスクリーンをかけることは出来ないとい。
 そんなことは、俺も分かっている。
 だから…これは、誰のせいでもない。
 体当たりしてきた相手チームのせいでも、ファールをとらなかった審判のせいでもないんだ。
 全て、油断していた俺が悪い。
 だから、俺からバスケを取り上げたこの足も、俺のせい…
 『生活には支障が無い程度には回復します。でも、バスケットは無理でしょう』
 『ダメだ!それじゃダメなんだよ!生活に支障があってもいい。バスケが出来るようにも戻せ!』
 医者の告知に、物凄い勢いで喰いついた俺は、時が過ぎても、未だにその矛盾した考えにしがみ付いている。
 だけど、あの時と違うのは、『先生が治さないなら、俺自身で何としてでも治してやる』という前向きな気持ちが『どうせバスケの出来ない足なら、リハビリなんてしたくないし、バスケが出来ないなら学校に行く理由もない』という諦めの気持ちに変わってしまったこと。

 『いつまでそうやって腐ってるつもり?ねぇ、愁馬君』

 あの声音が蘇り、身体の奥がジンと疼く。
 親兄弟、級友、バスの運転手、電車の同乗者…周りの人間は皆、松葉杖をついてヒョコヒョコ歩く俺に、優しい…笑顔で話しかけてきたり、今まで通りに接してみたり…。 それはまるで、腫れ物でも触るみたいに。
 そして、決まって俺に哀れみの眼差しを惜しみなく注ぐ。
 『可哀想な少年だ』と。
 『ありがとう』と小さく呟く俺は、そんなに可哀想だと思うなら、お前が変わってくれればいいじゃないか!心でいつも叫んでいる。
 その心の叫びを見透かされた。あの『シュリ』という男に。
 『あなたが納得するまで好きにしていいから』という言葉しか最近は聞いていなかった俺が、怪我をしてから、初めて浴びせられた叱咤…チッと舌打ちしながらも、俺は複 雑な気持ちに苛まれ、挙句の果てには、一晩中、あのキラキラした笑顔にうなされ、何度も寝返りを打つのだった。

 実際2割と被害妄想8割…日中の雑音の中、家に篭っていると、いつも誰かが俺の名前を口ずさんでいる気がして、思わず耳を塞ぐ。
 耳を塞ぐと余計鮮明に脳裏に響く言葉『あの子が…愁馬が可哀想でやり切れないのよ』…何度と無く聞いたこの言葉…本当にやり切れない気持ちなのは俺のほうだ。
 そんな時、何故か浮かんだのは、シュリのこと。
 誰も居ない世界へ飛び込みたくて、それでいて、今日は誰かに会いたくて、気付くといつもの教会の、あの木の下へと向かっていた。

「今日はもう、来ないかと思ったよ」
 早くここに座れと、自分の横をパタパタと叩きながら嬉しそうにそう言ったシュリの優しい物言いが、寒空に感覚を失った耳たぶをやんわりと溶かしていく。
 『よっこらしょ』とオヤジじみた台詞を吐いて、勢い任せにペタンと地面に座り込んだ俺を、小首をかしげて覗き込んだシュリは、あの、恐ろしいほど眩しい微笑みを、今日も惜しみなく降り注ぐ。
 俺は、悪いことでもしているように、落ち着きない視線でチラチラと見る。
 例えば、横に座った胸のデカイ女が、これ見よがしに胸の開いたシャツを着ていて、目のやりどころに困ってしまうような……。
 そんな俺の気持ちを彼が知る由もなく、うつろな目をした俺を尚更嬉しそうに見つめるのだった。


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