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さよならの向こう側
【悲恋 恋愛小説】

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第二章 合わない視線-1

第二章 合わない視線

ばぁちゃんがいないばぁちゃんちに泊まりに来た二日目、俺は武夫伯父さんと親父に連れられて、ばぁちゃんがいるという隣町の老人ホームへ向かった。
今日も、相変わらず痛いくらいの真夏の太陽が照りつける、お盆ののどかな田舎道。
武夫伯父さんの運転する車はやがて市境に流れる川を渡り、そこから20分ほどで目的の場所に着いたようだった。
やや小高い丘の上、クリーム色した外壁の三階建ての建物は、玄関脇に数台のワゴン車が並んでおり、インターホンの横に掲げられた看板には『特別養護老人ホーム 虹の橋』とある。
(虹の橋…レインボーブリッジ…お台場かっ)
事務所らしきところで面会の手続きをしている武夫伯父さんの後ろ姿をぼんやり見つめながら、俺は誰にともなくつまらないツッコミを入れていた。
「亮、お袋の部屋は二階だから」
「ふ〜ん」
声をかけられ、歩き出す親父の後を追う。
事務所前のエントランスは広くて明るい。
受付にいた50代くらいのおばちゃんから「こんにちは」と明るく挨拶され、でもとっさのことでちょっと狼狽えた俺は軽く会釈を返しながらエレベーターに乗り込んだ。
とりあえず、生まれて初めての『老人ホーム』は何だかよくわからないままに、それでも想像していた世界よりもよっぽどきれいなところのようだ。
ふと横を見れば、エレベーター内に貼られた朝顔の折り紙。
ガキの頃、こんなカンジのものをばぁちゃんも作ってくれたような…。
ずいぶん昔のことだからはっきりと思い出せないけど、ただの一枚の紙を違う何かに変えてしまうばぁちゃんの器用な手は、不思議な魔法使いのように見えたんだったっけ。
「ここだよ」
武夫伯父さんの声とともにエレベーターの階数表示は『2』で停まり、俺はそこでフロアに降りて。

「――――……」
動けなかった。
目の前に広がった光景は当然のごとくじぃさんやばぁさんがたくさんいて、でも、それは俺が地元で知ってる元気なゲートボーラーズの人たちみたいではなく、車椅子に座ったり、杖をついてようやく歩いているようなじぃさんやばぁさんたちだったから。
ただ漠然と想像していた『老人ホームとは、じぃさんばぁさんがみんなで楽しくお茶飲みしている場所であ〜る』そんな俺のイメージは見事に打ち砕かれてしまった。
フロアには、30人くらいはじぃさんばぁさんがいるだろうか?
俺、たぶんこんなに車椅子見たの初めてかも。
「…歩けないの?みんな」
「うん、まぁ、何らかしらの介護を必要とする高齢の方たちが生活してるわけだからなぁ」
親父のいう『介護』という言葉さえ、普段の俺には縁のないワードである。
「…ばぁちゃんも?」
「いや、お袋は歩くことは大丈夫みたいだよ。」
どこか曖昧な親父の返事。
ちょっと待てよ。
もしかして、ばぁちゃんって超ヤバいんじゃねぇの?
おもわずあたりを見回してばぁちゃんの姿を探す。
でも、これだけたくさんのじぃさんやばぁさんじゃ、一体どこにいるんだか…。
みんな同じに見えてくる。
「亮、かぁさんあそこに座ってるよ」
やがて、キョロキョロしてる俺の様子に武夫伯父さんが気がついてくれて。
指差す方向…フロアの真ん中あたりのテーブルに、ばぁちゃんはいた。

「…ちょっと、痩せた?」記憶の中のばぁちゃんと、どこかに違和感があった。
「あぁ、食事をあんまり摂らなくなってしまってな。…あ、気がついたかな?」「え?」
振り返ると、なんだか不安定なゆっくりとした仕草でばぁちゃんが立ち上がったところだった。
そのまま俺たちのほうに向かってくる。
(あっぶねぇ〜。転びそうじゃねぇか)
「ばぁちゃん」
数歩進んで、俺はばぁちゃんに手を差し伸べた。


「…え…?」

『あら、亮ちゃん!』って、俺の手を掴んでくるかと思ったばぁちゃんは、しかし一瞬たりとも俺になんか目もくれず、そのままふらふらした足取りで通り過ぎていった。
いや、俺だけじゃない。
武夫伯父さんにも親父にも、全く気がつかないみたいだった。
「…なんで…?」
「う〜む、相変わらずか」俺の問いかけに答えるわけでもなく武夫伯父さんが寂しそうに呟き、隣の親父は黙ったまま、ばぁちゃんが消えていった廊下の曲がり角をただひたすらに見つめていた。


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