『武骨くんと鎖骨ちゃん』-7
…それは一体、何秒間の出来事だったのだろう。
洸太郎のくちびるが離れた瞬間に、李湖は力が抜けて、思わず洸太郎の服をつかんでしまった。
…―あ、やば…
それはまるで、もっと、と要求しているようで。
ほおのゴツイ手のひらが、うなじに回って、ぐっと引き寄せられた。
しかし、熱いくちびるが触れた、と思った瞬間―…
「にゃははははぁ〜!」
突然サナの笑い声が、宿、駐車場、表の道にまで、高らかに響き渡った。
路上にいた二人は、びくっとしてそちらを伺う。
宿の敷地は石垣と樹木で囲われており、外からは見えない。
ザッザッ、と、幾人かの足音が、こちらに近付いてきているようだ。
とっさに、洸太郎は李湖の手を引っ張り、電柱の陰に身を隠す。
そこは、夏祭りの大きな看板が立て掛けてあり、幅は二人でも丁度良かった。
「せんぱぁい、あたし、桃のチューハイね〜!」
「あ、オレ、いつものタバコねー!」
「マジかよ、タバコって、遠い方のコンビニじゃん!」
「そうっスよ、こっから30分はかかるじゃないスか!」
「にゃはははぁ、ゲームで負けたんだからね、二人とも!
行ってらっしゃ〜い!」
息をひそめて、身を縮める。
…くちびるに当たる、固い男性の手のひら。
それだけが、頭が真っ白になった李湖が認識できる、唯一のものだった。
電柱の陰で、李湖は後ろから洸太郎に抱きすくめられていた。
20cm以上もの身長差のせいで、すっぽりとくるまれている。
そして、口は、あの武骨な指に、完全に覆われていた。