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描き直しのキャンバス
【学園物 恋愛小説】

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描き直しのキャンバス-8

***
「……失礼します……」
 いつもより元気が無い。ついでに言うと目的も無い。というより期待するものが無い。
 本来なら絵を描くなり、何かを創作するなりするべきだ。しかし、彼の手元には先の削れた木炭と、誰かの使い古しのキャンバスがあるだけ……。
 リンゴとバナナは既に完成しているし、今から何かを探すのも面倒くさい。はるかの姿も見えないので、このままさぼるということも出来るわけだ……。
「……今日は休みですね? あるんなら返事してくださぁい」
「ちゃんとあるわよ!」
「うわぁ!」
 秀人が振り返ると、そこには腰に手を当て、少しムッとした表情のはるかが立っている。
「まさかサボルつもり?」
「いえいえ、そんなつもりはございません。ただ、ちょっと先輩の姿が見えないから……」
「私がいなくても自分の作業は出来るでしょ! それとも何? 私がいないと何も出来ない、教えてクンなのかしら?」
 むしろそうなのだが、この状況で『はいそうです』などというのは格好悪い。
「そんなことないですよ、ただちょっと……その」
 見栄を張っても言葉が続かない。
「あらそ。それより早く入りなさいよ、後がつかえてるんだから」
 完全に逃げるタイミングを逸した秀人は、仕方なく部室に入る。しかし、結局は何をするかで悩むだけ。また『教えて君』と言われるのは悔しいが、ぼうっとしているのは意外と苦痛。仕方なく頭を下げることにする。
「先輩、俺、どんなの描いたらいいでしょうか?」
「うーん、そんなこと言われてもねぇ……そうね、自画像は……」
 既に美化された秀人が部室の隅でホコリを被っている。
「彫像を描くにしても案外難しいし、素人だと途中で投げ出しちゃうかもね……」
 確かに白一色で光の角度でようやく見えるだけの彫像では、絵の全体を先にイメージする技術が要求される。とはいえ、他にモチーフになりそうなものも無い。
「そうだ、それなら私をモデルにしなよ。この前は私が秀人君を描いたけど、今度は逆に君が私を描いてみるの。面白いじゃない?」
「え、でも、俺はまだ全然……」
「大丈夫、モデルがいいんだから、誰が描いてもそれなりに上手くいくってば! もっとも、あんまり下手だったらその時は部室の掃除と活動日誌、それから来年の部活紹介も書いてもらおうかしら……他にもそうねぇ……」
「もういいです、先輩、もういいです」
「あら、遠慮深いのね……」
 上を向いて、まだ何か難題を付け加えようとするはるかだが、もう思いつかないらしく、目線を戻す。
「でも、本当にいいんですか? 先輩がモデルになって……」
「なによ、なんか文句あるわけ?」
「だって、先輩の作業が……」
「君は私が絵を描いているところを描くの、そしたら問題ないでしょ?」
「はい……」
 はるかがモデルになる。つまり彼女を見つめていても何の問題は無い。となると、思春期の少年にも(よこしまではあるものの)一応の目的が出来たわけだ……。
***
 キャンバスには大きく『し』があり、二つ小さく『の』がつけられ、『か』の出来損ないが被せられている。おそらく人の横顔なわけだが、『へのへのもへじ』の方がまだ出来が良い。
「ひっどい顔、君には私がこう見えるんだ。ふーん」
 容赦の無い一言。もっともモデルの側にすれば当然かもしれない。なにせ、自分の顔を人外に描かれたのだから。
「しょうがないじゃないですか、まだ絵を始めたばかりなんだし」
「それはそうだけど、このレベルは無いわ。壊滅的だもん。まぁいいわ、ハイこれ」
 はるかはA4版のぐらいの大きさの紙の束を渡す。どれも広告の裏らしく、黄色や青色のものが多く混じっている。
「後、これを読んで勉強なさい」
 今度は一冊の本。タイトルは『デッサンについて』
「はい……」
 ひとまず、はるかの横顔からは隔離されてしまったらしく、沈みがちな声を出す秀人であった。


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