描き直しのキャンバス-14
――出来た――
――はいはい、何が出来たのかしら……――
つまらなそうに言うが、それでも何をしていたのか気になっていた私は、はやる気持ちを抑えつつ、彼のノートを覗いてみる。
エンピツの、多分4Bぐらいの優しい線で描かれていたのは何かを見つめるショートカットの女の子。もちろん彼の視線にそんな子はいなかったけど、私はそれが誰だかすぐに分かった。だって、彼が見つめていた方向には、いつも私がいたんだから……。
――これ、私? ――
物憂げな目と整った睫毛。鼻は控えめだけど、ホンモノよりバランスよく修正されている。口元が少し歪んでいるけど、これは私が何かを悩んでいるときにしてしまう癖、何故か下唇を噛んでしまう。
――どうかな、僕としては上手に描けたと思うんだけど――
――う、うん、上手、なんじゃない、まぁ、モデルがいいから当然よね――
――うん、そうだね――
無邪気に笑う彼が気になり始めた。
その日から私は、部活が終わった後も部室に残るようになった。
友達は付き合いが悪くなった私を不思議に思ったみたいだけど、絵を描くという事はそういう事なんだと勝手に納得してくれた。
先輩達が帰った後、二人きりの部活が始まる。
彼は自分の絵を描きながら、私を指導してくれる。なのに、ちっとも上達しない。
もともと好きで始めたわけでも無いし、上手く描けなくてもかまわない。
だけど、彼に「良い絵だと思うよ」と言われると悔しくなる。
――私はもっと上手くなりたいの――
――うん、ならここは――
――それじゃわかんない、もっと具体的に教えなさいよ、グズ――
――グズは酷いな、でも、こういう感覚的な事は、言葉で言っても伝わらないし――
――なら、はい……――
――『はい』って……僕はどうすれば――
――だから感覚で教えてよ。習字みたいにすれば分かるかもよ? ――
――あ、あぁ、だけど、それは違うよ。絵画は自分の思うように絵を描くべきで――
――グダグダ言わない! 返事は元気良く『はい』なの! ――
――はい! ――
――そうそう、それでいいの……――
彼の手は柔らかかった。多分苦労なんかしたこと無いんだと思う。
考え方も甘いし、ユメばかり見ている子供という感じの人。
でも、絵を描いているときだけは真剣だった。
作業の途中に話しかけても無視されることが多い。一度頭にきて、思い切り蹴っ飛ばしたことがあった。そしたら彼、怒るどころか笑顔で『はるか君、何か用かい』だって……。
その頃から彼を好きになっていたんだ。
――先生って彼女いないの? ――
――難しい問題だね――
――なにそれ、どうせいないんでしょぉ――
――あっはは……そうだね――
――なさけないの――
――でもね、想い人はいるんだ……――
――それって……片思い? ――
――うーん、片思いっていうのかな……その、昔見て感動した絵があるんだ――
――モナリザとか? ――
――いや、最近の人だと思う。その、いいにくいんだけど、裸婦画なんだ――
――やだ、ヘンタイ、不潔、セクハラだよ? その発言――
――僕はあくまでも美術的な好奇心であって……――
――でも興奮したんでしょ? ――
――……うん――
――マジキモイ……――
――でも、それぐらい素敵な絵だった――
――モデルの人が? ――
――んーん、その人のタッチだと思う。こういっちゃ失礼だけど、モデルさんは僕のお母さんぐらいだからね――
――もしかして、先生マザコン? ――
――そんなこと無いよ、僕は……――
――私ならどうかしら? モデルとしてさ――
――え、そんな……こと急に言われても――
――何本気にしてんの? 先生ロリコン? そんなんで教職なんて問題ありだわ――
――でも、君は魅力的だ……――
――何言ってるのよ、ばっかじゃない――
――魅力的だ――
――あ、当たり前じゃない……――
――すごく、ね――
――センセ……イ――
彼の首筋からはシトラス系の匂いがした。
汗のにおい消しのスプレーだと思っていたけど、そういう香水らしい。