狼さんも気をつけて?-9
「あ、だめ、……やぁん……だめ、なの、に……い、ふぁむぅ、チュゥ……」
無理にでも喋ろうとする薄紅色の唇が、罅割れ気味のそれで塞がれる。
(ん……ショッパイや……、あとスッパイ。でも甘い……、きっと夢も同じこと……)
濃い緑、ビー玉のような瞳が瞼に隠されていく。それが完全に閉じたところで、明も唇の逢瀬に集中する。唇の角度を変え、舌を潜り込ませると、無遠慮な訪問者にも関わらず、口腔内の主は出迎えてくれた。
最初に触れたとき、それは乾いていた。ヤスリのようにザラリとした味蕾を舌で感じる。それでも自らの唾液を注ぎ込み、奥から溢れ出る蜜を啜ることで、すぐに滑らかになる。
「ん、ふぅ……」
舌先の触れ合いが抱擁に変わり、チュパ、ニュチュという粘着質な音を立て始める。
ユニフォーム越しに胸元が触れる。ふっくらとした双丘を脂肪の少ない胸板が押し潰す。
布だけが二人を隔てるという距離で、明は音を感じた。
最初は短く、だんだん早く、そして高鳴る音。
(トクントクンって、これ、夢の心臓の音? 緊張してるんだ)
薄目を開けると、夢は固く目を瞑りマットに爪を立てていた。
先程まで偉そうに男女の在り方を語っておりながら、いざ行為におよぶと途端に借りてきた猫。おとなしく丸まり、拒もうとしない。今の夢の胸中は恥ずかしさと緊張、好奇心と快楽が交錯しているのだろう。その必死さが可愛らしく、明の脇腹を擽っていた。
「痛っ……」
舌の中腹に冷たい感触が当てられる。それを歯と理解したのは唇を離した後。それでも粘液質の唾液が二人の唇を結び、きらきらと水玉を見せるのがせつない。
「やっぱり、嫌だった?」
「んーん、でも……、罰だもん……。告る勇気が無い明への罰だもん……」
ちょっぴり拗ねたように呟く夢を、明は慰めるように髪を撫でる。
「好きだよ……、夢。だからキスした」
「うん、でも、夢の中だけ大胆なの……ズルイもん」
この世界はあくまでも自分の夢であり、目の前の想い人もまた、自分の作り出した都合の良い妄想。せめて夢の中でくらい大胆になってもいい……。その甘えが見透かされた。
愕然とする明だが、熱いたぎりは言葉のやり取りで収まることは出来ず、膨張した粘膜が布越しにも膨張し、閉ざされた内股へと無理矢理潜り込む。
「あ……」
敏感な粘膜が軟い締め付けを受け、明の煩悩をさらに刺激する。スパッツから漂う酸味の強い香りを捉えると、それは加速増大される。
二センチ、欲望を踏み出した。すると、ジュチリと水分を含む衣擦れの音がした。
「ふぅ……ッ!」
短いため息のあと、明は少しだけ仰け反った。肉茎がビクリと震え、短パン製のテントの頂点がジワリと濡れる。ほんの一瞬の出来事にも関わらず、十メートルダッシュを数本こなしたくらいの昂揚感があり、相応に息も上がる。
(なんかすごいけど、これが気持ち良いのか?)
初めて触れる異性は、自慰の経験の乏しい明にとってまさに未知の領域であり、沸き起こる好奇心が自らを戒める気持ちを流し、「腰を動かしてみろ」と催促する。
擦れ合った布地には、ナメクジが這ったようにヌラヌラとした跡が残る。脳髄に甘い痺れをもたらす快感を伴いながら……。
「夢、いいよな? どうせ夢なんだし……」
感情が昂ぶり、理性が利かない明は、夢であることを言い訳に彼女を求め始める。