イジメテアゲル!-2
「進藤君って、コンタクトにしないんですか?」
「あぁ、なんか入れるの怖くて、眼鏡かけようって思うんだけど、ミーさんうるさいし、困ってるんだ」
ミーさんとは彼の幼馴染の川内美奈。クラスは別だが、聞くところによると由美と同じ文芸部らしく、たまに彼女の天然振りを聞くこともある。そのおかげで由美のフルネームを覚えることが出来た。
「美奈ちゃんと仲がいんですね?」
からかいを含む質問には英助も苦笑い。やはり年頃の女子らしく、その手の話題には敏感なのだろう。
「家近いし、小学校から一緒だしな」
「もしかして、付き合ってますか?」
楽しそうな上目遣いは癒し系の垂れ目をしっかりと吊り上げる。
「そんなことないよ。ミーさん、澄ました顔してかなりえぐい人だし、そのせいで何度酷い目に遭わされたことか……」
「ふーん、そうですか。でも慌ててるとこ見ると、怪しいですぅ」
なおも食い下がる由美は表情こそ笑っているが、その瞳には新聞記者のごとく真相を追求しようという意志が見える。
「なんだよそれ。俺、ミーさんに尻に敷かれてばかりだってのに……」
「うふふ……わあぁん!」
停車間際の前方への慣性でつんのめる由美。英助は転びそうになる彼女の肩を抱いて支えてあげる。
「大丈夫? ちゃんと手すりに掴まらないと危ないよ」
おっとりした由美だからか、過保護なまでに手を貸したくなる。これが彼女をお姫様と呼ばせる由縁なのかもしれない。
「ほら、もう着くよ」
ブレザーをきゅっと掴む由美は顔を埋めるように寄り添ってくる。抱く格好になった英助は、少し照れたように言うが、彼女は蹲ったまま動こうとしない。
「まだついてないもん。だから、もう少し支えててくださいです……」
まるで朝起きるときの時計への言い訳のように言う彼女。
英助は心なしかときめく自分を叱咤しつつ、彼女と距離を取ろうと一歩下がる。しかし、後ろのサラリーマンに足を踏まれ、それも出来ない。
電車がヒステリックなブレーキ音を立てると、今度は後ろ向きの慣性が起こる。
彼女の甘い体臭にのぼせていた彼は、思わず反動で踏み出してしまう。
「ん……苦しいよ……」
「わ、ご、ゴメン。そういうつもりじゃなくて……ただ、その……」
見苦しく言い訳をする彼だが、咳払いがそれを咎める。そもそも、今の二人は開くドアの前でいちゃつく、迷惑なカップルにしかみえないわけだが……。
〜〜
「あの、本当にゴメン。その、そういうつもりじゃなかったんだ」
学校までの五分の道のり、英助は由美の隣で平謝りを繰り返していた。
「うん……分かってるのです」
一方、由美は呆けた様子。英助は怒らせてしまったのかと、気が気でない。
電車内で抱き合う格好になった。
私鉄沿線で日々繰り広げられていそうな光景だが、痴漢被害に遭っていた彼女のことを考えると、自分の軽率な行為が、癒えかけた心の傷を開くのではと心配してしまう。
「おはよう、英助」
拝み倒す彼の後ろから涼しげな声がした。
振り返ると、セミロングの髪を赤いヘアバンドで止めた、見た目おしとやかそうな少女がいた。
「げ、ミーさん……、お、おはよう」
切れ長の目はやや上がり気味で、整った鼻梁を抜けると白い肌に映える赤い唇が魅力的に歪ませる。肩にかかるサラサラとした髪を煩そうにかきあげると、彼女は冷たい視線で彼を射抜く。
「なにその、げって……、英輔、貴方私と会うのがそんなに嫌なのかしら?」
口調こそ穏やかだが、長い前髪で隠れるオデコは青筋立っているはずだ。
英助は由美を拝む手を揉み手に変えると、今度は美奈に向かって拝み始める。