バレンタインデー-3
「あのーすいません!」
急に里津が大声を出した。
口元に手を当て、もう片方の手はあたしを指差してる。
何する気?
先輩たちは振り返った。
「こいつが用事あるって!」
「あ」
先輩はあたしを見て驚いた顔をしてる。
あたしたちは一回話してるじゃん。初めましてじゃない。
あたしを覚えてますか?
あたしは知らない女じゃないですよね?
「あの…」
それでも言葉が出てこない。苦しい。
あたしが何も言わないからか、先輩が先に口を開いた。
「あんた、誰?」
あぁ…ダメじゃん。
自然と胸の辺りのシャツを握りしめていた。
下唇を噛み締める。痛い。
でもこっちの方が何倍も何倍も痛い。
「…ごめんなさい。人違いでした」
あたしは少し頭を下げた。
先輩が首を傾げながら歩いていく。
人違いなんかじゃないよ。伝えたかったことがあるのに。
でも伝える前に色々壊れちゃって、心がすごく痛いよ…。
「え?あの人だろ!?お前いいのかよ!?」
里津があたしの腕を引っ張る。
「聞いてなかったの?」
俯いたあたしの声、小さくて情けない。変なの。
「聞こえたけど…でもそんなの気にするなよ!」
「気にするよっ!」
静かな廊下にあたしの声がこだました。
あたしの大声に里津もぎゅっと口を真一文字に閉じた。
「…みじめじゃん」
チョコを紙袋ごとゴミ箱に捨てた。
力任せに投げ入れたから、ゴミ箱がガタンと揺れた。
「お前、これせっかく…」
里津がゴミ箱を覗き込む。
「もう、いらない」
「…結愛」
あたしはカバンを掴むと里津をそのままにして歩き出した。
もう帰りたい。一人になりたい。
食いしばった歯を弛めると、ポロッと涙が零れた。