4th_Story〜手紙と2筋の涙〜-5
2.暗号(その1)
『僭越ながら、たった今、海晴蒼様を誘拐させて頂きました』
「は?」
誘拐させて頂きました。今まで、否、これからも決して聞く事の無いであろうその言葉が、里紅の頭の中をふわふわと漂いだした。
『正確には、海晴蒼様に少々眠って頂き、その間にとある場所へ移動させて頂きました。勿論、外傷、後遺症が残らない様な手段を取りました事をここに申し上げます』
丁寧なはずなのに威厳を感じざるを得ないその言い方と、聴き慣れない言葉遣いのせいで、相手が言っている意味を理解するのに少し時間が掛かった。しかしそれでも、蒼が危険な事はすぐに分かった。
「蒼はどこだ!」
『場所をお教えする事は出来ません。その代わりと言ってはなんですが、私の居場所をお教え致しましょう。しかし、そのままお教えしては少々面白味に欠けるかと思われます。従って、こちらの出す暗号を解いて頂き、その場所にいらっしゃって頂くというのはいかがでしょうか』
面白味。暗号。相手の言ったその言葉に、里紅は憤りを覚える。
「ふざけんな!」
『巫山戯てなどおりませんが』
里紅が怒ってばかりで話にならないと判断したのか、黄依が口を挟む。
「その暗号、教えてよ」
『はい。朝月里紅様のご尊家に置かれております、郵便受けの中を御覧になされば、ご理解頂けるかと。それと、少々お願いが御座います』
「お願い?」
『ええ。この誘拐については、こちらの人間と、朝月里紅様、稲荷黄依様以外の誰にも知られる事の無いようにして頂きたいのです』
「そんなお願い聞けるかよ」
思わず叫んだ里紅の言葉に、相手は声を尖らせた。
『海晴蒼様のお命はこちらの手中にあるという事実を、努々お忘れになる事の無いように』
そう言って、電話は切れた。ツー、ツーという機械音を発する携帯電話を何するとも無く眺めていた2人だったが、このまま呆けていてもしょうがない。とりあえず、言われた通り郵便受けの中を見てみると、郵便物に混じって、切手が無い封筒があった。差出人の所には、Χと書かれている。これが恐らく相手の言っていた暗号だ。そして、差出人に書いてある、Χ。これが相手の名前なのだろう。
電話の相手、Χの言った通りに封筒が入っていたという事は、実際に蒼が誘拐されたという事だ。これで、悪戯電話の可能性が無くなった。元々、黄依の携帯電話の番号と蒼の名前を知っている時点で、悪戯の可能性は殆ど無かったのだが。里紅が封筒を開き、中に入っている手紙の内容を口に出して読む。
「『tomorrow - 2day、九十九、リン、箱舟』。……くそ、なんだこれ」
「暗号なんでしょ、それが」
黄依が里紅から手紙を奪い、裏表を確認するが、それ以外は何も書いていなかった。『tomorrow - 2day、九十九、リン、箱舟』。これが、犯人のいる場所を示している暗号。これを解けば、犯人にたどり着くはずだ。
「……なあ、黄依。この辺に公園ってあったっけ?」
「公園?」
「ああ」
「確か、月白公園が……あ、そっか」
俯きながら暗号の答えを考えていた黄依が、面を上げる。
「『tomorrow - 2day』は漢字の『明日』引く『日』が2つで、『月』。『九十九』は『百』引く『一』で『白』」
「ああ。んで、『リン』の元素記号は『P』。『箱舟』の英語は『ark』。繋げれば『Park』。つまり、月白公園だ。そこに犯人はいる。急ごう」
そう言って駆け出そうとした里紅を、黄依が「ちょっと待って」と止める。
「里紅のお母さんに知らせておこう」
「え、でも」
「あいつのお願い、バカ正直に聞くの?」
確かに、なにも誘拐犯の言う事に従う必要は無い。里紅達が警察にかけあっても、子供の戯言としか思われないだろうが、里紅の親にこの誘拐の事を知らせれば、そこから警察に繋がる可能性もある。
「そうだな」と里紅が賛同しようとしたところへ、黄依の携帯に電話が掛かってきた。番号は非通知。確実に、嫌な予感がする。
『海晴蒼様のお命はこちらの手中にあるという事実を、努々お忘れになる事の無いように』
先ほどと一言一句違えない言葉が携帯から発せられ、電話が切れた。どうやら、本当に、相手のお願いとやらを聞かなければならないようだ。蒼の命を無駄にしてまでお願いを聞かないという選択肢は、本末転倒である。
里紅と黄依は月白公園へ駆け出していった。