改:愛・地獄変 〜地獄への招待〜-12
私自身めが、そうなることを望んでいたが為のことかもしれません。その時、私がどんな思いで妻を連れ戻したことでしょう。とても、これだけはお話し致すわけにはまいりません。唯その後、年甲斐もなく激しく燃え、嬌声を発しながら、力のあらん限りをつくし荒々しく、抱きしめておりました。 ふと気が付きますと妻の身体に、鳥肌が立っております。心なしか痙攣を起こしているようにも見えます。私は、思わず手の力を緩め、顔を上げました。と、何ということでしょう、これは。あぁ、お願いでございます。私目を、このカミソリで殺してください。もうこれ以上の苦痛には耐えられません。 そう、そうなのでございます。妻、だったはずが、娘だったのでございます。私は、犬畜生にも劣る人間、いや、鬼畜でございます。ふふん。しかし、あなた方とてそのような気持ちを抱かれたことはある筈です。よもや、無いとは言われますまい。まして、血の繋がりの無い娘でございます。私の立場でしたら、あなた方だって、きっと、きっと。ふふふ・・。 申し訳ございません、取り乱してしまいました。お話を続けましょう。(終章) その翌日のこと。
娘をまともに見られせん。その翌日も、そして又その次の日も、私は娘を避けました。しかし、そんな私の気持ちも知らず、娘は何かと世話をやいてくれます。そしてそうこうしている内に、結納も済み式の日取りも一ヶ月後と近づきました。
娘としては、嫁ぐ前の最後の親孝行のつもりの世話やきなのでございましょう。私の布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。何も知らぬ妻も、哀れではあります。
しかし私にとっては、感謝の心どころか苦痛なのでございます。耐えられない事でございました。一時は、本気になって自殺も考えました。が、娘の
「お父さん、長生きしてね!」の言葉に、決心が鈍ってしまうのでございます。本当でございますよ、本当でございますとも。
娘にお聞きください、妻にお聞きください。実際に包丁を手首に当てたのでございますから。台所でございます。流しに手を入れて、必死の思いで包丁を当てたのでございます。なぜと言われますか?噴出す血を流すのに、一番の場所ではありませんか。お風呂場?あぁ、お風呂場でございますか・・。なる程、それは思い付きませんでした。そうですな、お風呂場が良かったかもしれません。さすれば二人に気付かれずに、成就したかもしれません。
お恥ずかしいことに、使い慣れない包丁でございます。
背の方を手首に宛がっておりました。ですので、切れないのでございます。まったくお恥ずかしいことです。そうこうしている内に、私目の唸り声を耳にした二人が・・。
とうとう、結婚式の前夜がやって参りました。
式の日が近づくにつれ平静さを取り戻しつつあった私は、暖かく送り出してやろうという気持ちになっていました。が、いざ前夜になりますと、どうしてもフッ切れないのでございます。
いっそのこと、あの合宿時の忌まわしい事件を相手に告げて、破談に持ち込もうかとも考え始めました。いえ、考えるだけでなく、受話器を手に持ちもしました。ハハハ、勇気がございません。娘の悲しむ顔が浮かんで、どうにもなりません。そのまま、受話器を下ろしてしまいました。
妻は、一人で張り切っております。一人っ子の娘でございます。最初で最後のことでございます。一世一代の晴れ舞台にと、忙しく動き回っております。私はといえば、何をするでもなく、唯々家の中をグルグルと歩き回ります。幾度となく、妻にたしなめられました。仕方なく、寝室に一人閉じこもっておりました。
どうしたことでしょう、涙が、涙が止まらないのです。娘を嫁がせる寂しさ?・・・・・そう思いました。それが当たり前のことでございましょう。ですから、そのように思おうとしました。ところが、ところが、頭に浮かぶのは・・。今さらこんなことを申し上げても、恐らくは信じてはいただけないでしょう。私自身が、信じられないのでございますから。
アハ、アハ、アハハハ。
どうして妻の為に、涙を流さねばならぬのでございましょう。
どうして妻の顔が、あれ程に私目を貶めた、妻の顔が・・・。