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『てらす』
【歴史物 官能小説】

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『てらす』-12

「こんな…、酷い!」

いつも元気な少年の変わり果てた姿に、頭の回転が追いつかない。
見てはいけないと思っても、目がぎょろぎょろと動くのだ。
流れる血。震える身体。青く腫れ上がった顔。腹部を庇うように押さえる手。
融が。
胸を焦がすような笑顔を見せてくれた融が。

「あ…」

その時、私は融の左手を見てしまった。
力なく握られた手。
そこにあるのは、真ん中の部分で、無残にもへし折れた竹笛だった。

「媚娘」

胸に冷たい鉄の塊を突っ込まれたような気分。
酷く理不尽で、儚い。
私は、さっきとは別の理由で涙を流した。
融の笛が好きだった。
融も笛を吹くのが好きだった。

「おじさんに、やられたの?」

声を震わせて、私は融をこんな姿にした張本人を思い浮かべた。
――笛なんて吹いてねえで、仕事しろっ!
暴力の塊のような男。
融に聞かなくたって、事の顛末は容易に想像できる。

「媚娘」

小さく、消え入りそうな声で、融が私の名前を呼ぶ。
私の問いには答えずに。
どんな時でも、その声は甘く、優しくて。
私にはわかるのだ。
融は決して口に出さなかったけれど。
融は楽師になるのを夢見ていたのだ、と。

「融」

もうどうしようも出来なくて。
私は、融の顔を抱きしめた。
冷たい雨が降る、丘の上。
世界がどんなに冷たくても。
今、胸に抱く少年くらいは暖めてあげたい。
何もすることのできない、非力な私は思うのだ。

「…旅に出よう。媚娘」

呻くような融の声が聞こえる。
これ以上ないくらい密着させた身体を伝わって。

「俺たちが、いるべき場所を求めて」

融の瞼から熱いものが零れ落ちる。
それを掬うように唇をあてた。

「ここは、俺たちのいるべき場所じゃない…」

「…うん」

「お前は、俺が守るから」

胸に暖かなものが満たされていくのを感じる。
これで変わるのだろうか。
あの辛く苦しかった毎日が。
今日、三度目となる涙を流しながら、私は融を一層強く抱く。

「二人で幸せになろう」

「…うん」

涙が、感情が、溢れる。
境界線のような身体がもどかしい。
このまま溶けて、融と一つになってしまいたい。
そう思いながら、雨が上がっていくのを感じた。
それは今までとは比べもにならないくらい、鮮やかに彩られた世界の始まりだった。


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