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『てらす』
【歴史物 官能小説】

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『てらす』-13

鈴虫の声を聞きながら、すっかり暗くなってしまった畦道を歩く。

『今夜、迎えに行くから』

そう言い残して、痛む身体を引きづるように融は帰っていった。
雨上がりの夜空に、肌寒い風が吹く。
ついさっきまで感じていた融の温もりが恋しい。
両肩を抱きしめるようにして、冷える身体を温める。
こんなのは一時凌ぎだ。
すぐに、融の温もりを毎日感じる日々が来る。
そう思うと、自然と心が躍り、嫌なはずの屋敷への道も華やいで見えた。
いつも陰鬱な気分で見上げていた屋敷の塀が見えてくる。
我慢するのは、あと少しだけ。
禍々しい気を放つ、屋敷の門を潜れば、義母の嫌味が待っているだろう。
それでも、これが最後だと思えば耐えられる。
良くしてくれた婆や侍女たちと別れるのは辛いけれど。
私はもう、この屋敷に用はない。
融と一緒に旅に出るのだ。
門に手をかけて、大きく息をつく。
少し緊張している胸を落ち着かせて。
私は、屋敷の扉を開けた。



屋敷は闇に包まれていた。
いつもなら、まだ皆が働いている時間だ。
それなのに、裏口から入った土間は暗く、静かだった。

「…誰もいないの?」

恐る恐る声を出してみる。
何が起こっているのか理解できなかった。
さっきまでの楽しい気分が一瞬で冷めていく。
何か、とてつもなく嫌な予感に襲われた。
義母の怒りは想像以上に深かったのかもしれない。

「婆!? どこ? 媚娘よ。遅くなってごめんなさい」

この屋敷で一番頼りになる、老婆の姿を探す。
いつもなら、暖かい白湯を入れて迎えてくれるのに。

「―っ」

刹那、土間の片隅で物音がした。

「婆? ――っきゃ!」

掌。
突然、視界いっぱいに広がる人間の掌。
口を塞がれる。
次いで辺りに充満する男の汗の臭い。
―はぁ、はぁ。
首筋に熱い息がかかる。

「だ、誰!?」

「…媚娘」

心臓が凍ってしまうかと思った。
金属が擦れ合うような。
身体の底から嫌悪感を感じる声。

「兄様なの…?」

「そうだよ。媚娘」

枯れ木のように細い腕が私の身体に絡みつく。
蛇に這いずり回られているかのような嫌悪感。
嫌悪感。
ただただ感じる。
嫌悪感。


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