恋人に捧げる舞子の物語(黎明編)(その2)-3
…恋人は笑っているだろうか…自らの手で首輪をつけた私のこの姿を……
決して醒めた恋ではなかった…お互いがお互いの体と心を貪欲に求めれば求めるほど、ふたりの
間にある硝子玉のようなものがその脆さを増していったのだ。
なぜかあなたは首輪をつけたまま暗く深い森の中に迷い込みたかった。
あなたはその首輪の鎖を、大きな樹木に繋がれ、後ろ手に縛られた裸体を、その森の中にいる獣
たちの餌として投げ出したかった。群がる獣たちのどろりとした精液を感じたかったのだ。
月の灯りがわずかに差し込む森の暗闇の中で、あなたの陰部の甘い匂いが獣たちの臭覚を刺激す
るのだ。むっちりとした太腿に大蛇が絡み、股間の間から頭をもたげ、陰部の前でとぐろを巻く。
蝙蝠に乳房を啄まれ、奇怪な獣の巨大なペ○スに陰部を犯される…。
深い森は、あなたの淋しげな陰洞に、溺れるような淫悦の呪縛を与えるような気がするのだった。
バルコニーに佇む首輪をしたあなたを包む闇の冷気は、やがてその静寂と溶け合うように澱んで
くる…。
七年前…
あなたは目の前に跪く義父に首輪を付けた。
痛みの快感を乞う哀れな義父を罵り、その背中に鞭を振るう欲情に取り憑かれたあの頃…。
男を虐めてみたい…。
そんな嗜虐心を女は誰でも一度くらいは抱くものかもしれない…と、あなたはふと思う。
あなたの前で跪き、与えられる苦痛に顔を歪め、悶え喘ぎながら白濁液を垂れ流す男…そんな男
が欲しいと思う頃があるのかもしれない。
あのとき、彼が捧げたあの籐の椅子に座ったあなた…その黒いストッキングに包まれた脚先の
黒いハイヒールの先端に接吻をした義父は、床に頬を擦りつけるようにひれ伏し、あなたに嗜虐
されることを哀願したのだった。
それにしても、あの頃義父に連れられて行ったあの建物が一体どこにあったのか、あなたは今で
も思い出せなかった。
倉庫街の細い路地裏に位置した小さな廃屋のような煉瓦の洋館…。蔦の絡まった狭い鉄門の先に
ある扉を開けて中に入ると、薄暗い裸電球の灯りの中に細い螺旋階段があった。その狭い階段を
上った二階にその部屋はあった。
部屋には、蛇を描いた色ガラスが施された小さな窓が不気味に並んでいた。そして、ひび割れた
高い天井に打ち込まれた鉄輪からは、黒ずんだ幾本もの鎖が滑車とともに不気味に垂れ下がって
いた。
黄褐色の色褪せた漆喰壁には、手足を拘束する枷のついた磔台が、黒ずんだ太い木によって組ま
れ、壁付きの優雅なビロードの洋燈が妖しい翳りを投げかけていた。床に敷かれた飴色の絨毯に
は、どこか精液の滲みた臭いがし、赤い蝋燭の垂れた跡が点々と残っていた。
そこは、どこまでも閉ざされた快楽の密室だったのだ。