操れるかも! 操られるかも!?-5
千佳は挑発に乗ってたまるか、とばかり怒りを努めて抑
えながらも
「とにかく、野球をする気のない野球部員に部室を使う権
利はないの。さっさと出て行きなさいよ。最後まで第二投
手で終わった斉木先輩」
と、俺を小馬鹿にすることは忘れない。
「……てめぇ」
「……それとも、真面目に野球部員する気にでもなったと
か言う?」
「……いや、違うけど」
いったん低くなりかけた千佳の声がまた高くなる。
「じゃあ、やっぱり部外者だよね。出ていって!」
「ちょっと待てよ! 大介……そう、大介に用事があって
それで大介が来るまで部室で待ってようかと思って……」
俺はこのままだと部室を追い出されると思ってとっさに
嘘をついた。
「大橋先輩に?」
「そ、そう」
大橋とは言うまでもなく大介の名字である。
「……先輩からお金を借りようと思ってるとか?」
「違う、もっと大事な用事だ」
「どんな?」
「どんなって……お前なんかに教えるわけにいかねえよ」
「なんでよ」
「男と男の大事な話だ」
「……十八歳未満おことわり、な話じゃないでしょうね」
「なんでそうなる!?」
「十八歳になったもんだからって早速大橋先輩を巻き込ん
でエッチな話でも大っびらにしようと思ったとか」
「……てめえが俺をどういうイメージで見てるかはよくわ
かった」
「どっか違う?」
「少なくても今日に関しては違う。俺にとっても大介にと
っても重要な話だ」
そんな話思い付きもしないが、悔しさのあまりつい出ま
かせを言ってしまった。
「……重要な話をよりによって斉木先輩とするの?」
「……殴り殺すぞ」
「本当にほんとなの?」
「もちろんだ」
真っ赤な嘘だが悟られないようにきっぱりと答える。
千佳も俺の言葉を完全に信用しているわけではないよう
で、少し迷っていたようだが
「……まったく、大橋先輩も友達は選ぶべきよねぇ……大
橋先輩はたぶんまた校外をランニングしてると思うから、
帰ってくるまでは居てもいいわよ。もちろん用事が済めば
とっとと追い出すけど」
と大介が戻ってくるまでの間部室に俺が居座るのを渋々認
めた。
「……わかったよ、どちび」
正直追い出されるだろうと思っていた俺は内心ホッとし
ながらもむかつく千佳の台詞に対して言い返しておく。
千佳は眉をぴくりと動かしたが今回は俺の言葉を無視し
て部室の奥へと足を進める。
俺はとっさにしてはいい言い訳だったなと思っていた。
千佳がこの高校に入ったのは大介を追っかけてきたから
じゃないか、という話を他の野球部員から聞いたことがあ
るからだ。
俺に対して攻撃的な態度をとるのも、第二投手の俺が退
部同然になったためエースの大介に負担が思いきりかかる
ようになってしまっているかららしい。
そこまで大介が好きな千佳としては、大介にとっても重
要な話と聞いてしまうといくら俺でも追い出しにくくなっ
た、ということなのだろう。
これで静かな部室で『力』について再びゆっくり考えを
練ることができる。
しかし、その思惑は直後にあっさり崩された。
「……お前、何してんだ?」
部室の中をせわしなく動き回る千佳に、俺の思考が中断
される。
「何って、掃除よ。部室の掃除。部外者まで出入りするも
んだからマメにしとかないとね。ほら、砂だらけでしょ」
「お前、毎朝こんなことやってたのか?」
「そうよ。朝練どころか放課後にも来なくなった誰かさん
は気づかなかったかも知れないでしょうけど」
言うことの一つ一つに棘のある女だな、と言いそうにな
るのをなんとかこらえる。
しかも、ここ以外にも一人でゆっくり考え事ができる場
所なんかまだまだあることに俺はようやく気づいた。
とにかく千佳がいては邪魔なので部室は諦めてどこか他
へ移動しようとパイプ椅子から腰を上げる。
それが結果的には第二ラウンド開始のゴングになってし
まうとはその時は思ってもみなかった……