フェイスズフェターズ 一話「欲望の都市」1-1
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ラテル=アノ大聖堂の敷地内を、一人の少女が歩いていた。まだ幼さの残る顔立ちと、体つきをしている。華奢で、小柄だ。だが、燃えるような赤毛と、強い意志がこもった瞳が、彼女の性格を物語っているようだった。髪は後ろで一つに束ねたポニーテールにしている。尼僧服に身を包んでいるから、シスターであろうか。彼女はそのまま大聖堂の横手にある宮殿に入ると、迷うことなく先へ進んでいく。
やがて三階の最奥にある部屋の前に到着すると、少女は初めて動揺を見せた。ノックすることを、躊躇するような表情。持ち上げた右手が、ドアをノックするための形で硬直している。しばしの間動きを止めていた少女はやがて、意を決したようにドアを三回叩いた。
「入りたまえ」
重々しい、しかし穏やかな声がドアの向こうから聞こえる。少女はドアを開け部屋に入ると、背筋をこれでもかというほどに伸ばしながら机に座っている中年の男性に声をかける。
「お初お目にかかります。ロタリオ=ディ=セニ枢機卿猊下(げいか)。私は、本日より猊下の麾下に入るシスター・リタ=ナルカ=カラマタであります。若輩者ではありますが……」
なおも少女は彼女に似つかわしくない--まるで軍人のような--挨拶を続けようとしたが、それを男、ロタリオは右手で制した。
「君か、シスター・リタ。話は聞いているよ。堅苦しい挨拶はよしてそこに座りなさい」
ロタリオは自ら机から立ち上がり、近くのソファへと座り、その対面を少女、リタに進める。年齢は恐らく三十代後半だろうか。茶色の髪を短くした、模範的な聖職者の髪型をしている。穏やかな表情と目をした人間であり、まるで自らの娘を見つめているかの如き慈愛の籠もった眼差しでリタを見つめていた。それだけなら、農村の教会にいる人のいい神父、と言っても通じるかもしれなかったが、彼が纏っているのは緋色の法衣、枢機卿の証だった。
「……はい。では失礼いたします」
どこか不服そうに、リタは進められた席へと腰を下ろす。その様をロタリオは微笑みながら見つめていた。
「申し訳ないね。この執務室は殆ど使わないものだから、もてなしの品も出せないよ」
「いえ、滅相もございません。私如きにそのようなお心遣いは勿体なきことでございます」
なおも軍人のような口調を崩さない少女に、ロタリオは苦笑する。