走馬灯-21
「清二。私が今から言うこと信じてくれる?」
じっと俺の顔を覗き込む田宮。やがてうなずく。
「あの日、退社する前日まで私は清二のこと、会社のこと、友だちのこと、全ての記憶を失っていたみたいなの。」
「私はなぜ清二と電話できたのかが分からない。今も。ただ話している内に少しずつ思い出していったの。」
「心から想う恋人は清二ただ一人なのに、なぜここにいるのか分からなかった。今までにないくらい自己嫌悪に陥ったの。会いたくても会えなかった。清二を想うと、とても辛かった。」
一心不乱に語り続けた。出任せで俺を気遣ったのが運のツキ、だった。
「じゃあなんで結婚したんだ。俺を想っていたなら、電話を切らずに駆け落ちれば良かったんだ。誰からもかおりを守る覚悟ぐらいはできてたんだ、俺は。」
次のシーンへ飛ばされました、結婚には関与できませんでした、とは言えない。過去で本性を明かすとかつてない歪みが生じる。映画の常套文句だ。なぜかそれが頭に引っ掛かり、言葉につまった。田宮の言葉はただひたすらに嬉しかった。本当に俺は変わった。危機的状況は変わらないが。気が付けば謝っていた。
「ごめん。清二。本当にごめん。」
「抱かれに来た意味が分からない。謝られる理由もだ。」
良かれと思ってすることは案外命中率が低い。逆効果を生んでしまった。
「もう、二度と会いたくない。」田宮は荷物から鍵を出すと家を出ていった。玄関先で一度として振り返らなかった田宮の背中を見送る。外でアクセラのエンジン音が聞こえる。終わった…のか。失敗だ。
違う。
始めるんだ。
今から。
決意。
目的。
俺は俺を変える。
運命を変える。
かおりと俺の運命を。
裸足のまま一筋の光のように走り出した。田宮の心に渦巻く漆黒の闇を切り裂いていくため。夜はどこまでも続く。フェードアウトを迎えない限り。まだもってほしい。まだ待ってほしい。ハンドルに突っ伏して泣いている田宮が眼前に飛び込んだ。間に合うか、間に合わないか、ではなく間に合わせる。かつてない決意に緊張感は極まり、身震いする程だった。幸せまであと少しなのだと思う。