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走馬灯
【その他 官能小説】

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走馬灯-20

さて…と。眠った。音を立てないように寝室をあとにする。廊下は言うまでもなく格式高い鶯張りではない。それでも、にぶく大きな音がする、気がする。差し足、忍び足。能力が高い泥棒は業師であると同時に、それこそ度胸があるというものだ。俺は決定的に向いてないと思った。向く気もさらさらないが。

距離にして6m。眠れない田宮がいる。今回ばかりは初動が早かった。慣れたものだ。何より死んでも抱かれたくない男には抱かれたくなかった。ソアラから飲み明けで、田宮を連れてきた小林を酒で沈めることに成功した。もちろん記憶を飛ばしたふりをしながらだったので、所々は冷や汗ものだった。

記憶はある。俺は田宮の彼女である。結婚シーンには田宮はいないから走馬灯として垣間見ることはなかった。今は決して望むことはなかった名前、小林かおり。だが、俺自身は田宮の彼女として田宮を、俺を救う。過去の事実は変わらなかった。小林の罪のこと。愛する気持ちは変わった。かおりの、俺の無念を田宮に伝えることができたこと。

簡易的に敷いた布団にうずくまる田宮がそこにいる。さっきまで悲しい愛想笑いを繰り返していた哀れな男。とても小さく見える。これが恐らく最後のチャンス。かおりとして、田宮に触れられるのは、これが最後なのだ。切に願わずにはいられない。世に多くの理不尽がある中、今この瞬間の時間が短ければ、それが最悪の理不尽だ。少しでも長く、想いを遂げるまで。少しでも深く目的を果たすまで。

途中で途切れた糸を紡ぐ時。最愛の彼女が、いつの間にか宿敵の妻になっていた。今回の田宮はさぞかし傷ついたことだろう。暗闇の過去から未来へと羽ばたかせるため、癒さなければならない。理不尽な現実から田宮は癒えなければならない。この不条理な悪夢から…

ドアが開いたことに気づいた田宮は、少し身動ぎをした。一向に変化のない空気にやがて身体を起こすと、はっきりと俺を見た。見開かれた瞳に遥かな遠さを感じた。物置として使われているのだろう、殺風景の部屋がなんとなく似合い、荒廃した原野を思い浮かべた。悲しみや痛々しさが磨きがかった田宮は静かにつぶやく。

「かおり…さん?」少しずつ歩み寄る俺、かおりに怯えた様子だ。さん付けだなんて、記憶をなくしたかおりは、もはや人のものであるから?だとしたら哀れさにも程がある。俺は田宮を押し倒して口づけをした。田宮にとっては長い長い時間が流れていた。過去も今も変わりなく。

「ごめんね。清二。」「かおり…。何があった。」想いを察するに余りある口づけで夕焼け空にタイムスリップ。時間はあとあと追っていけばいい。今は何より肌を合わせたかった。変な趣味ではない。同情ではない。もう一人分涙があるなら、田宮の分まで泣いてあげたかった。元田宮として背負ってあげたかった。

久々のセックスは素晴らしかった。感度が鋭く、何度も絶頂を迎えた身体には無性に腹が立った。小林に開発された肉体は田宮の予想を遥かに上回った。言葉なく、繰り返される貪り合いは次第に終息に向かった。田宮は涙を俺の頬に2滴落とした。「なんで俺の前から消えたんだ?」

「…。」答えようがない。田宮と未来を約束し別れたあと小林の車に拉致された。記憶を失っていたかおりを救うふりをして凌辱し、偽物の愛を育ませた。(俺も関与できない状態で)何の疑問も持たせず3年後の結婚にこぎつけた。誰であろうと小林に殺意を抱かずにはいられない。事実を知らない田宮もご多分には漏れない。

「なんで…なんでだよ。何か言ってくれよ。」対人関係の面以外では計算高かった過去の自分がいっそ羨ましかった。何も答えられない。「小林に何か弱味を握られていたのか?」近いような遠いような、それとも全然違うような。首を横に振った、答えの分からない自分が寂しかった。でもこのままでは…。


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