走馬灯-18
しかし今回は違う。田宮は変わり、焦った。愛すべき女性と愛を誓い合い、すぐに消息が途絶える。『明日からお互いに頑張る。』約束だった。待望のアクセラが納車された時、となりに乗せるのは、行方不明となってしまったものの、かおりだけだと心に決めていた。携帯にも出ない。メールも返らない。マンションに行ってもいない。よっぽど警察に連絡しようと思った。その資格は十分にあるのにも関わらず、田宮は待ち続けた。
社内でも聞いて回るといったような初めての努力もした。こんなに多くの人と話したことはない。意外という反応は毎回返ってくるが甲斐なく、有力な情報は皆無だった。もしかしたら朧気に掴んでいた腹心は黙っていた可能性がある。そんな疑いもせず、今の田宮はただひたすらに純粋に追い求めるのであった。
会社はイメージとして捜索願いは出さなかったと考えた。そこには小林の作為もあったのだろうか。知る由もない。元より天涯孤独で記憶を失っていたかおりを小林が連れ去っていた。本来あるべき親戚や家族の捜索願いもあるはずがなかった。田宮・会社・友人。かおりにはそれしかなかったのかもしれない。
どこを探しても、何を頼りにしても見つからなかった。どんなに愛しくても、どれだけ会いたくても、見つからなかった。憔悴し切っていた田宮は、身を引きずるように連日残業をする。パソコンの向こう側に何度まやかしを見たことか。何度空耳を聞いたことか。願いは時として残酷、無情。
知らない番号から電話が来たのは、小林がかおりの寿退社を発表する前日、いつもの喫煙所での一服中だった。タバコ嫌いなかおりが止めに来てくれる気がした。『ねぇ、そろそろ止めなよ。』困ったような顔。煙の向こう側にいつもあった顔。
今回のことをここまで話を整理できたのは悔しいことに電話の終盤から電話後だった。俺もまた記憶を失った状態で飛ばされたようだった。世の中には不条理なシステムが闊歩しているが、走馬灯もずいぶんと気が利かないと憤りさえ覚えた。
「もしもし。田宮です。」
「…。」
「もしもし?」
「…あの。」
「はい。」
「…。」
「…かおり?」
「え?あ…はい。」
田宮は喫煙所から飛び出し、廊下のはじに行く。外は夜景が美しい。いつもと変わらなかった景色にかおりが現れた。
「俺だ。清二だ。今どこにいる?」
「清二…清二。」
実は自分の名前も相手の名前も覚えていなかった。
「どうしたんだ。たくさん連絡しただろ?」
「あ、うん。」
歯切れが悪い受け答えにいらつくが、内心はホッとしている田宮。恋い焦がれた瞬間が戻って来る。信じて疑わなかった。
「あなたにとって私って何者?」
あなたは…
田宮は絶句する。愛想をつかされて連絡が途絶えたのか?そうとしか思えない。