『夏の終わりの日曜日の午後』-2
「なんだよ、いきなりさぁ。」
しぶしぶとしながらも、結局断らずについてくる。そのお人よしぶりがこいつのいいところだ。
「悪いな。なんとなくさ。」
「ま、いいけどさ。」
とりあえず二人でビールを頼んだ。昼から酒が飲める居酒屋だけど、昼間は夜に比べて店の中はがらんとしている。
「で、結局なんなんだ?ワケもなく気まぐれで人を振り回すような奴でも無いだろ。」
ジョッキに注がれたビールを一口で半分ほど飲んで、つばきは言った。さすが、付き合いが長いだけあって話しが早い。やっぱりこいつを誘って正解だった。
「ん、まぁ口堅いお前だから話すんだけどさ、柊子(しゅうこ)のことだよ。」
「あぁ、あいつがどうかした?」
「あいつに、好きだって言われた。」
「へぇ、それで。」
驚く様子も無くあっさりとした反応だ。
「それで、って、だからそれで悩んでるんだよ。」
僕がそう言うと、つばきは呆れたように小さく溜め息をついた。
「ひさぎ、お前今いくつだよ。中学生じゃあるまいし、そんな下らない悩みかよ。」
結構真剣に悩んでいたことを下らないと言われては、僕としては気に食わない。
「なんだよ下らないって。」
「あぁ、悪い。下らないってこともないわな。でもそんなに悩むことでも無いだろ。付き合っちゃえばいいじゃん。ていうかお前らは付き合ってると思ってたよ、俺は。」
「そんなこと簡単に言うけどさ、俺はあいつのことを友達としか見れないんだよ。俺はあいつのこと親友だ、とか思ってたんだ。」
「じゃあフればいいだろ。」
またあっさりと。
「それもできないから悩んでるんだろ。やっぱり、恋愛感情っていうのとは別の意味で、俺あいつのこと好きだし、傷つけたくないし…。」
「変な優しさはかえってあいつを傷つけるんじゃないのか。」
僕の言葉を斬るようにつばきは言った。
「というか、そんな風に体のいいことを言って、逃げてるだけなんじゃないのか?結局お前はどんな答えも出せないんじゃなくて、どんな答えも出そうとしていないだけだろ。」
つばきが乱暴に吐いたその言葉は、僕の中を不思議なほどすんなりと通り抜けた。
そのとおりだった。何故か悔しくなった。難問だと思っていたクイズを出したのに、一字一句間違いの無い正解を答えられたような気分だ。
「そうかも、しれないな。」
僕は余っていたビールを一気に飲み干した。
「お前は昔からそうだったよ。分岐点に立つと、右か左かを選ぶこともせず、ただ突っ立ってる。前を見ないんだ。」
歯に絹を着せないつばきの言葉は、本人でさえハッキリと自覚していないことを、ズバズバと言い当てる。不快ではないが、あまりに正確すぎて悔しくなる。
「たまには前を向いてちゃんと選べよ。」
僕は何も言えなくなった。
夜になる前に僕らは解散した。そして僕はまた部屋に戻りベッドに横になった。なんだか、同じことを繰り返しているような気がする。
『どんな答えも出せないんじゃなくて、どんな答えも出そうとしていないだけだろ。』
さっきの言葉が頭の中で響く。
そうだ。僕は迷っているわけじゃなかった。迷ってすらいなかった。今から少し迷ってみよう。まずはそこからだ。
僕は柊子のことは、好きだ。でもそれは恋愛感情じゃない。
いつからか、僕は誰かに対して恋愛感情を抱くことができなくなってきた。いや、そういう感情を持つことを無意識に拒んでいた。僕には、たちの悪い想像力がある。少し先の未来のことを、ひどくリアルな形で想像してしまうのだ。そのせいか悪い癖もついてしまっている。いつも何かを始める前から、何かが始まる前から、終わった時のことばかり考えてる。いつか来る終わりの時に負う、傷の深さのことばかり。
『始まり』があれば『終わり』がある。だから僕は『始まり』をすら拒んでしまう。その先の『終わり』がすぐ近くに見えてしまうから。だから友達という関係は僕にとってとても救いのある関係性だ。始まりも終わりも、漠然としていて僕の目にも映りづらい。僕にとって『始まり』は『終わり』の一部にすら見える。だから柊子に告白された時、僕はその言葉が、別れを告げる言葉のように聞こえてしまった。
いい加減、僕のこの性質は改善されなくちゃいけないと思う。本当に正確かどうかもわからない先の予測のことよりも、今目の前にあることをもっとちゃんと見てやらないといけない。