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『夏の終わりの日曜日の午後』
【青春 恋愛小説】

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『夏の終わりの日曜日の午後』-3

寝返りをうって時計を見た。7時過ぎ。そろそろ腹も減った、夕食を摂ろう。
冷蔵庫を開けたが、中は殆ど空に近い状態だった。
今日はコンビ二弁当でいいか。そう思って床に無造作に投げてある財布を持って、履き潰された靴をつっかけて、鍵もかけずに部屋を出た。

暗い夜道は空気が澄んでいて、時折吹く涼しげな風と、どこからか聞こえてくる虫の声が、夏の終わりと秋の始まりを感じさせた。
そしてまた秋もすぐに終わる。
季節の変わり目は、いつも少しだけ僕を寂しい気持ちにさせる。

コンビニへは歩いて7分。途中、中学校の校舎の前を通る。夜の学校は何処かしら不気味で、それでいて荘厳な感じがする。
「いらっしゃいませ。」
「490円になります。」
「温めますか。」
「はい。」
コンビニで買った490円の弁当の入った袋を、右手の指先にぶら下げて、今来た道を引き返す。また中学校の前を通る。この中学校は僕の母校ではないが、何故か見ると懐かしさを感じる。中学生という概念そのものに懐かしさを感じているのかもしれない。

中学生のころを思い出した。今よりもすこしだけまっとうだった中学生の頃、僕には好きな人がいた。ある程度までは仲良くもなった。でもその先には進めなかった、進まなかった。そのときは「今の関係を壊したくないから」というもっともらしい理由を自分に言い聞かせて、ずっと気持ちを閉じ込めておいていた。でもその言い訳も、嘘の言い訳に過ぎなかった。僕はただ怖かったのだ。失恋することではなく、それ以上の関係に踏み込むことが。いつか痛みを伴う『終わり』を迎えることになる関係になるのが。高い所に登らずに、落ちても怪我をしない程度の所に留まっていたかっただけだった。でも、だからといって一度生じた気持ちを諦めることすらもできず、ただ行き場の無い「好き」という感情を、指先にひっかけて宙ぶらりんにぶら下げたままにしていた。その感情は前にも後ろにも進まず、ゆらゆらと揺れながら、徐々に温かさを失っていった。彼女が誰かと付き合い始めたというのを聞いたとき、悲しさも感じた、後悔もした。でも、最近になって気付いた。そのとき僕は、
それ以上にホッとしていたんだ。中途半端にぶら下げた気持ちを、ようやく手放すことができたことに。それ以来僕は恋をしていない。

部屋に戻って、すっかり冷めてしまった弁当を温めなおすこともせずに食べた。ビニール袋の紐の跡が少しついた右手で食べた弁当は、まずくもなかったが、美味しくも感じなかった。

テレビの中では、有名な政治家が日本の行く末について大層な言葉で演説をしている。本当に日本のことを考えている政治家なんて何人いるのだろう。僕が政治家になったとしてもきっとそうは考えられない。僕の頭のキャパシティは一つの悩み事でいっぱいになってしまう程度しかないのだ。それも、友人に言わせてみれば下らないような悩みごと。
明日になって大学に行けば、きっと柊子に会う。柊子は、返事は急がなくていいと言ったけど、でもそんな状況で会ってしまうのは辛い。誰がって、僕が。
とりあえず、この問題に関して、ひと段落つけなくてはいけない。そうしないと、僕はどこにも動けないのだから、しょうがない。時計を見る。まだ8時にもなっていない。
「よし。」
決めた。僕は携帯を開いた。電話帳を開く。水森柊子。発進ボタンを押す。
Rrrrrrrrrrrrrr…Pi
『…もしもし。』
緊張しているのか、少し強張った声が携帯を通して聞こえてくる。
「もしもし、突然悪い。今から…ちょっと会えないかな。いや、迷惑なら明日でもいいんだけど。」
『ううん、大丈夫。』
「じゃあ、お前んちの近くの、あの小さい公園に行くから。そこで待ってて。」
『うん、分かった。』
ふう。たった数秒の会話なのに緊張したせいか妙に疲れた。ともあれ、これでもう後戻りはできない。右を選ぶにせよ、左を選ぶにせよ、前に進むしかない。
弁当の空箱をゴミ袋に投げ込んで、僕は部屋を出た。


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