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『夏の終わりの日曜日の午後』
【青春 恋愛小説】

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『夏の終わりの日曜日の午後』-4

その公園に一つだけあるベンチに、柊子を見つけた。小さく深呼吸をしてから傍に行って声をかけた。
「よう。」
「やぁ。」
小さく返事が返ってくる。僕は柊子の隣に座った。
ほんの一、二秒の沈黙も、今の僕には重く感じる。
「…まぁ、用っていうのはさ、分かると思うけど、この間の返事のこと。それを、言おうと思って。」
いつも通り、世間話を話すように、そんな声の調子で言った。それはほんの些細な抵抗。
すると柊子は。
「あ、あのこと?ゴメンやっぱりあれ忘れて。なんか血迷ってあんなこと言っちゃったけど、私達やっぱり友達でいたほうがいいと思うし。」
少し慌てた様子でこう言った。
…というのは僕の都合のいい願望の中で創り出された虚像で、現実世界では、柊子は
「うん。」
と言っただけだった。期待と不安が7対3くらいに混じり合った声で。
僕は諦めて話そうとした。しかし柊子がまた口を開いた。
「待って、その前に、もう一度言わせて。あの時は、なんだか言い逃げみたいになっちゃったし。もう一度、ちゃんと気持ちを言ってから聞きたい。」
そこでいちど言葉を切って、小さく息を吸った。
「林田ひさぎ君、好きです。よかったら、付き合って欲しい。」
言葉は真っ直ぐに僕にぶつけられ、視線は真っ直ぐに僕の目を射抜いていた。
どうしてこいつの言葉はいつもこんなに真っ直ぐなのだろう。
なかなかこんな風に言える奴はいない。少なくとも、僕には一生かかってもこんな真っ直ぐな言葉は吐けないだろう。柊子のこんな所に、僕はいつも尊敬と、憧れと、少しの嫉妬を感じる。
せめて僕も、一言目だけは、真っ直ぐに言おう。

「ごめん。」

沈黙。あるいはそれは一秒も無かったかもしれないが、とにかく、確実に、一瞬の沈黙があった。
「そっか。」
そして吐き捨てられたその短い言葉は、一時間にわたる政治家の演説よりずっと質量があった。
「でも…。」
僕の口が勝手に動いた。
「トモダチではいたい…っていうのは、やっぱダメかな。」
自分が勝手なことを言っているっていうのは分かってる。でもこれが、僕の掛け値なしの本心なんだ。
「俺やっぱり、柊子のこと好きだし、それは恋愛感情とは違うんだけど、ある意味ではそれ以上に思ってる。だから俺はおまえを失いたくない…って、そう思うんだ。もちろん、無理だったらそれでいい。最初に断ったのは俺なんだし、本来こんなこと言うのだってお門違いだっていうのも分かる。」
言いたいことは、これですべてだった。
「分かった。」
意外にもあっけなく、柊子は答えた。
「恋愛感情とは違うっていっても、好きだって言ってくれたのは嬉しいし…。」
「本当?」
「うん。でも、今まで通りに友達でいるのはやっぱり無理。だから、これから私がするのは、友達のフリ。ひさぎは私のことを友達だって思ってくれてて構わないよ、でも私は友達のフリをして、ひさぎのことを狙うことにするよ。私まだ諦められないから。それで、いいかな?」
「…うん。」
それでいいか、だって?無理を言ったのは僕のほうなのに…
「だから、ちょっとでも隙を見せたらいつでもオトしちゃうから。気をつけなさいよ。」
そう言って右手で銃の形を作って僕のほうにむけた。顔に浮かべた表情は、強がりな笑顔。
どうしてこんなにいい女が、僕なんかを好きになったのだろうか。柊子に好きになられたこと自体が、僕にとっては罪なように感じた。
「それじゃ、また明日ね。大学、サボるなよ。」
そう言って柊子は僕に背を向けて走って行った。その小さな背中を見た時、僕は思った。やっぱり、もう僕らは以前のようには戻れないだろうと。以前のように、馬鹿な話を言って笑いあうこともできるし、取るに足らないような下らない愚痴を言い合ったりすることもできるだろう。でも、それはやっぱり違うことなんだ。
後ろを振り向くことはできても、戻ることはできない。時間は前にしか流れてくれないんだ。それは寂しいくらい当たり前のこと。

Tシャツの袖からとび出した腕が感じる風からは、夏の気配はもう殆ど感じられない。

夏はもう終わった。これから僕らは秋を迎える。そしてまた季節が巡った時、僕らはそれをどう迎えるのだろう。


FIN


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