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かつて純子かく語りき
【学園物 官能小説】

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かつて「茅野ちゃん」かく語りき-5

「俺がするよ」
「あ」
そう言うや否や、彼は手際よくコーヒー一式をそろえてからやかんに火をかけた。
「すみません……」
「なんで?ごちそうになったお礼。これくらいしかできねーしな」
二人でガスコンロの火を見つめる。時折赤くなるそれを見て、掃除しなきゃ、なんてぼんやり思った。
「緊張、してる?」
はっとして彼を見上げると、藤川さんはそっぽを向いていた。片方の手で頭をかいていて、さらさらの髪の間から見える耳がほんのり赤くなっている。
なあんだ。お互い、ドキドキしよるんじゃん。
藤川さんの空いた方の手を、そっと握った。ぴくりと肩が振れる。
「うん。どきどき、しよります」
あったかい手を握ったまま、彼の肩に頭をもたげた。コーヒーのいい香りがする。
耳をすましたら、藤川さんの心臓の音が聞こえた。あたしに負けないくらいの速さで弾んでいる。
なんだかいじらしくて、くつくつ笑っていると、彼があたしをきゅうと抱き締めた。
「……俺も」
やかんが小さく声を上げ、しばらくそのままあたしは彼の音を聞いていた。すると、藤川さんの細い顎があたしのつむじをコツンと小突いた。
「ん?」
呼ばれたのかと思って、顔を上げる。
「「あ」」
思ったより近くにあったお互いのクチビルにびっくりして、つい声を上げた。
ど、どどうしよう!目を閉じた方がええんじゃろか!?
「茅野ちゃん」
「はいっ!」
目を見開いたまま、あたしは藤川さんの真っ黒な瞳に映る自分を見ていた。
「目ぇ、つむって」
彼の瞳が苦しそうに歪んだ。慌ててまぶたを閉じる。あたし、何かいけんコトした?
「……っ」
藤川さんの指が、あたしの前髪をそろそろかきあげた。そして、ふわりとオデコにキスされた。
「茅野ちゃん」
「はいっ」
次は、眉。
「俺の下の名前、知ってる?」
「へっ??」
予想外な展開にすっとんきょうな声を上げてしまった。しかし、彼のクチビルは止まらずに何度もあたしのオデコにキスを落としている。
「……ゆ、らです」
「正っ解ー。由良でいいよ、これから」
やっと目を開けると、ぼやけた視界の中にちょっと照れた藤川さ……もとい、由良がいた。
「コーヒーいれる。向こうで待ってて」
返事をして腰を下ろした。まだ気持ちがふわふわしてる。
とっとも、とっても優しいキス。ひとつひとつが話し掛けてくるみたいだった。はう。幸せじゃ?!
「マフィン温めたぞ」
彼は慣れた手つきでカップとマフィンを置き、あたしの隣に座った。コーヒーとマフィンの甘い香りが部屋中に広がる。それを胸一杯に吸い込んでから、「おいしそ?」と言うと、由良はにかっと歯を見せた。
あたしは早速マフィンにかぶりついたが、彼は少しの間コーヒーの水面を見つめていた。そして一口含んでから、聞いた。
「茅野ちゃん?」
「んん」
彼はあたしと目を合わせてくれない。なんだか変な感じがして、マフィンを食べる手を休めた。
さっきの眉間のシワと何か関係があるのかしらと不安になっていると、由良は手にしていたカップを戻して頭を一度だけかいた。
「その……。俺、何かしようってわけじゃないから。あんな泣きそうな顔しないでよ」
別に、その言葉に感動したとか、そーいう訳じゃないんよ。
「ふええ」
「うわっ、ごめん!……え?何で?」
「わかりません?!!」
自分でもよくわからないまま泣いてしまって、兄キの新作マフィンはしょっぱい味しかしなかった。


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