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「グラスメイト」
【青春 恋愛小説】

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「グラスメイト」-10

 病院の前にいる。僕は深呼吸をした。ここに彼女がいる。片手には親友からの手紙。その手紙にはこうあった。
『和樹、元気にやっているか?そろそろ俺のところに訪ねてきても良い頃だと思うんだが。まぁ、前置きはいいとして。この手紙を俺は出すべきか否か、書いている今も悩んでいる。俺はこっちに来てからずっと彼女の居場所を探してきた。そして先日やっと見つけたよ。けれどなぁ、それをお前に教えるべきかどうか。だってお前は約束を守り続けている。彼女がお前の街に戻ってくるという約束を。けれど居場所を教えれば、お前は会いに行くだろう。それだけならまだ良い。会いに行ったとしても』
僕は病室の前に立つ。そしてもう一度、深呼吸をした。この中に、彼女がいる。僕が待ち続け、待ち続けた彼女が。唯一のクラスメートの訪問を待っている。頭の中には色々な想いが渦巻く。二人だけの教室。一握りほどの思い出。別れの後の永遠の時間。果たされぬままの約束。
そして僕は、病室のドアを開けた。
『なあ、和樹、生きているって何だろう?』

僕はそこで、彼女と再会した。

僕だけが、彼女の顔を見ることが出来た。
けれど彼女は、僕とは会えない。
なぜなら彼女はずっと目を閉じたままだから。
『生きているって何だろう。息をしてれば生きているのか?脳が動いていれば生きているのか?俺には分からない。彼女は手術を受けた後、ずっと意識不明だそうだ。原因は不明。機械のチューブを通されて、マスクで酸素を取り入れて、ただ無為にそこにいるだけ。そんな彼女は、生きているって言えるのか。俺には分からない。和樹、お前にとってはどうだろうか。会って自分の目で確かめろ。自分の気持ちを確かめろ。場所は・・・・・・・。この手紙を俺は出すべきか否か、書いている今も悩んでいる。けれど、会うべきだと思う。俺が出来るのは、ここまで。お前の人生が無意味かどうか、お前自身で決めろ。』
目の前には、あの頃のままの彼女がいた。真っ白な壁に囲まれて、更に真っ白な顔をしていたけれど、そんなことはどうでもよかった。

―― ただ彼女がここにいる、その事実だけで僕は満足だ。
僕は手を伸ばす。
ずっと思い描いていた、こうして再び彼女に触れることを。
無理だと諦めかけた事もあった。忘れようと心に決めたこともあった。
それならばどうして僕は、あの街を離れなかったのだろうか。
彼女の指先に触れる。

瞬間、世界は変わった。
彼女と別れた時からずっとモノクロだった日常に、色が添えられた。
ほんの僅かな温もりが、そこにはあった。彼女のその温もりだけが、僕の奥に響く。
涙が溢れた。それさえ気付かずに、彼女の手を握り締める。

――― あぁ、誠、それでも彼女は生きているよ。
たとえ話が出来なくても、たとえ僕に気付かなくても、それでも彼女は生きている。だって彼女がここにいるだけで、こんなにも僕は満たされる。誠、僕はこう思う。生きているっていうことは、会えるっていうことなんだ。それが一方通行の再会だったとしても、会えるっていうことは、それだけで素晴らしい。だから、なぁ、誠、僕はお前とは、もう会えないんだよ。そう、そうなんだ。誠は死んでしまったんだ。

――― 誠は、もうこの世にはいない。
ここに至って僕は、その事実にようやく気付いた。彼女の生が、誠の死を浮き彫りにした。この涙は、おそらく誠へのものなのだろう。訃報の知らせを聞いたときも、葬式のときも泣けなかった僕は、今、ようやく彼の死を受け入れた。
「あ・・・あぁ・・・」
僕の口からは言葉にならない嗚咽。涙は止め処なく溢れ、シーツに落ちる。流れた涙が明日の僕を強くしてくれるのならば、一生分の涙をここで流してもかまわない。友の死を乗り越えられるほど強い僕が、明日そこにいるのなら。
キュッ
――― !!
握り締められた手に、僅かに力が込められた。僕の心臓は跳ね上がった。だってその力は、僕からのものじゃない。心臓の鼓動は、更に激しく。
「な・・・かない・・で。」
―――― 泣かないで
僕は顔を上げる、涙で彼女の顔はよく見えないけれど
「なか・・ないで、・・・ここに・・い・るから。」
―――― ここにいるから 泣かないで
けれど高鳴る鼓動も、溢れる涙も抑えることはできずに
「ま、待っていたよ。ずっと、待ってた。」
僕は、なんとか言葉を紡ぐ。乱暴に涙を拭って、そして笑った。
背後では、看護婦が慌てているけれど。
廊下では彼女の母親が泣き出してしまったけれど。
そんなことは、今はどうでもいい。

待ち続けた時間は、途方も無く長かったのか、そうではなかったのか。もう分からない。
ただ、それは無駄では無かったと、今なら言える。
――― さぁ、再会だ。
途切れていた二人の時間は、今、動きだす。


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