西畑自己満ラジオ裏 〜アシスタント長峰の憂鬱〜-1
「長峰ちゃん、ごめんな。こんなこと頼んで」
「いえ、仕方がないですよ」
いつものように打ち合わせの準備をしていると、西さんが小さな女の子を連れてやってきた。
女の子の名前は桜ちゃん。西さんの娘さんだそうだ。
恵さんが急に九州に行くことになり、さらに、祝日で幼稚園がおやすみなので、しかたなく収録に連れて来た。連れて来たのはいいのだが、一人で放っておくわけにもいかないので、私に収録中の子守をしてもらいたい、そういう話だ。
「よろしくお願いします。長峰お姉ちゃん」
「う、うん」
桜ちゃんはペコリという擬音が聞こえてきてもおかしくないような、可愛らしいおじぎをした。
私は、正直な所、子供が苦手だ。私自身は子供は可愛いと思うし、一緒に遊んであげたいとも思うのだが、どうも子供に好かれないようなのだ。
親戚の赤ちゃんを抱かせてもらうと大泣きに泣かれ、今年小学校に入った姪っ子は私の姿を見ると、兄嫁の所に走って逃げてしまう。
どうも私の顔が怖いらしい。私はそんなつもりはないのだが、切れ長の目と吊り上がりぎみの眉が、怒っているように見えるのかもしれない。
それなのに、桜ちゃんは私に笑顔を向けてなんだったら、握手をしてくれたのだ。
私は少し戸惑いながらも、その小さな手を握りかえした。
「長峰、こっちはもういいから、V.I.Pを控え室に連れて行ってあげたら」
「で、でもまだ打ち合わせの準備が」
「準備って、あと西さん用のコーヒーを淹れるだけでしょ、それぐらい私がやるから、ね、ほら」
宮下さんは私の背中をグイグイとおして、スタジオの外に押し出した。
戸惑う私。その手を握ったまま、桜ちゃんが私の顔を不安そうに見上げる。
「お姉ちゃん……」
「あ、うん。ごめんね。じゃ、行こうか」
控え室に続く廊下、桜ちゃんの手を引いて歩く。
途中で会う人達に、「お、長峰、隠し子か?」と、冷やかされる。
西さんの子供だという事を説明すると、「おいおい、不倫の末に子供までって、昼ドラみたいなことするなよ」といいながらガハガハと笑って去っていく。
私は苦笑いするしかなかった。冗談は苦手だ。特に、下世話なのは。
普段、西さんと由紀ちゃんが使っている控え室。控え室とは名ばかりの会議室のような場所だ。
真ん中に机があり、パイプイスが何脚かならんでいる。
そのほかにあるのは、申し訳程度に備え付けられている小さなテレビぐらいなものだ。
「なんにもないけど、ここでパパの仕事が終わるまで待ってようね」
「うん」
桜ちゃんをイスに座らせて、私もその隣に座る。
……沈黙がながれる。
桜ちゃんはソワソワと落ち着かない様子。初対面の人と急に二人きりになったのだから、当然か。
私は、普段は絶対にしない作り笑顔で、桜ちゃんに話かけた。
「さ、桜ちゃんは幼稚園でやってる事でなにか好きな事はある?」
「あるよ。お絵描きとか、お歌も好きだし、かけっこも鬼ごっこも好き」
「じゃあ、お絵描きしようか」
「うん!」
「じゃ、ちょっとまっててね」
私は急いで、控え室を出てスタジオに戻った。
私は趣味で、絵をよく描く。上手いわけではないが、絵を描いている時が一番楽しい。
今日も、私のカバンにはスケッチブックと色エンピツが入っているはずだ。
いつでも絵をかけるように。
スタジオでは打ち合わせが始まっていた。
「どうした、長峰ちゃん?」
「いえ、ちょっと荷物を取りに来ただけです」
「あ、そうそう、長峰さん」
作家の坂本さんが台本片手に声をかけて来た。
「はい? なにか?」
「今日のネタばれの所で桜ちゃんに出てもらう事になったから、そのつもりにしておいて」
「あ、はい。わかりました」
「あと、由紀ちゃんが来たら、もうこっちに通してもらっていいから」
「はい、了解です」
私はカバンを肩にかけると足早にスタジオを出た。