西畑自己満ラジオ裏 〜アシスタント長峰の憂鬱〜-3
私ってなんだろう。
桜ちゃんの世話だって、由紀ちゃんのほうがはるかに上手い。桜ちゃんだって、私なんかより、由紀ちゃんといたほうが楽しいはずだ。
まあ、由紀ちゃんには由紀ちゃんの仕事があるから。
だが、もし、由紀ちゃんが私と同じ立場だったら? 桜ちゃんの世話は由紀ちゃんが任せられていたに違いない。
私ってなんだろう。
この仕事は好きで始めた訳ではない。
大学の時に、就職できればなんでもいいやと適当に選んだにすぎない。
だから、思い入れもなければ、やる気もなかった。
なかった、けど、やっていくとちょっとづつやりがいが出てきて、自己満ラジオについてからは、毎回収録が楽しみだった。
私ってなんだろう。
「長峰お姉ちゃん……泣いてるの?」
「え……」
桜ちゃんに指摘され、慌てて頬に手をやった。
濡れている。
私は、いつの間にか泣いていたのか……。
それよりも、こんなに小さな女の子に心配されている自分が情けなくて……。
止めなくちゃいけないのに、次から次へと涙があふれる。
「おーい、そろそろ準備を……。って、長峰さん!?」
桜ちゃんを呼びにきた坂本さんが、泣きじゃくる私に驚く。
私はもう、自分ではどうしようもなくて、泣き顔を見せないように、机に伏せるしかなかった。
「ま、あれだ。とりあえず、桜ちゃん、ちょっとお父さんの所へ行こうか」
「……うん」
坂本さんに手を引かれ、控え室を出て行く桜ちゃんの心配そうな目が、今はなにより痛かった。
「長峰さん、入るよ」
桜ちゃんが出て行って、五分ほど経った頃。いまだに涙の止まらない私の元に、坂本さんがやってきた。
「どうしたの。泣いてるなんて、長峰さんらしくないな」
私は思いのすべてを吐露した。
内側にため込むよりも、吐き出したほうが楽かな、と思ったからだ。
嗚咽まじり。自分でも何を言っているのかわからない。
でも、私の口からはどんどん言葉があふれていく。
坂本さんはなにも言わず、ただ、うなずきながら私の話を聞いてくれた。
そして、私の話が一段落した所で、私の肩にぽんと手を置いて、微笑んだ。
「長峰さんの気持ちは良く分かるよ。でも、世の中そんなもんさ。上には上がいる。それでいいじゃない。その中で自分の色を出して行けば。ま、それが難しいんだけどね」
坂本さんは微笑みを絶やす事なく続けた。
「僕だっていなくても番組は回るよ。台本だって、西さんが書けばいいんだし。カンペも宮下さんと長峰さんさえいればなんとかなるし。そう、そんなもん。でも、逆に言えば、自分がもし休んだり、失敗しちゃったとしても、誰かが尻拭いしてくれるってことだよ。もし、その仕事が自分にしかできないとか言われたら、僕だったらプレッシャーすぎて耐えられないかも」
坂本さんは、「無茶苦茶な理論でごめんね」と言って、私の肩から手を離した。
確かに無茶苦茶な理論だと思う。冷静に考えると笑ってしまうほどに。
でも、今の私にとっては心のモヤを吹き飛ばす、暖かな南風に思えた。
「さ、涙をふいて。由紀ちゃんの誕生日を祝ってあげよう」
私は小さくうなずいた。
由紀ちゃんの誕生会が終わり、西さんと桜ちゃんが帰る事になった。
私はスケッチブックから、あの夕日の絵を切り取って、桜ちゃんにプレゼントした。
「ありがとう、長峰お姉ちゃん」
ペコリとお辞儀をする桜ちゃん。私もつられてお辞儀した。
桜ちゃんが帰ったあと、桜ちゃんが描いた絵が気になってスケッチブックを開いた。
そこには、誰かの顔の絵があった。
西さんかな? 恵さんかな? それとも、由紀ちゃんかな? なんとも微笑ましい気持ちになって、私はスケッチブックを閉じた。