トースト・トースト-7
「べ、別にバレンタインだからってわけじゃなくて」
「分かってるわよ、義理さえ満足に貰えない男にお情けってわけ……でしょ?」
「そ、そういうこと! 誕生日もあるみたいだし!」
もっとも、彼女の言うことが嘘だということもダナにはちゃんと分かっていたが。
ジャムは古びた冷蔵庫の奥の方に手を伸ばし、瓶をひとつ手に取った。
瓶の中身は薄い琥珀色に鮮やかなオレンジ――マーマレードだった。
「マーマレードね」
ダナは瓶を回しながら言った。
「食べてみても?」
頷くジャム。ダナは早速スプーンで一杯すくい、口に運ぶ。
「どうかな」
少しだけ不安げに訊く彼女に、ダナは満面の笑みで答えた。
「美味しいじゃない! アタシ的にはもっと甘い方が好きだけど、あいつにはちょうどいいンじゃないかしら?」
「ありがとう」
褒められて、ジャムは照れたようにはにかむと瓶の蓋を閉めた。
そしてその瓶を再び冷蔵庫にしまおうとするが、ダナがジャムに声をかける。
「ちょっと待って」
「?」
「せっかくのバレンタインと誕生日のプレゼントだもの。それなりの形にして渡してあげましょうよ」
「形って?」
瓶を手にしたまま首を傾げるジャムの耳に、ダナはそっと耳打ちした。
「あのね……」
「ただいまー」
酔っているのだろうか。
顔を赤くしたエイジが帰ってきたのは深夜。午前零時近くだった。
――だからであろう。
「おかえりー!」
「!?」
二人共とうに寝入っていると思っていたから、エイジはその声に思わず驚いた。
そして、リビングの椅子に腰掛けたジャムとダナの姿に疑問符を浮かべてしまった。
「?」
灯りはテーブルの上の蝋燭のみ。彼らは電気も点けずに座っているのである。
「エイジ」
「バレンタインと誕生日、おめでとう♪」
そんな言葉と共に、二人は手にしていたクラッカーを鳴らした。
色とりどりのリボンと紙吹雪が飛び出し、唖然としているエイジの足元に落ちる。
「え?」
「鈍いわねェ、もう! こンだけしてあげてるのにッ」
相変わらず彼の頭の上には疑問符が浮かんでいた。
その様子に、溜息交じりでダナが言う。そして立ち上がり、部屋の明かりを点けた。
「!」
エイジがテーブルの上を見やると、そこには一枚のプレートが。
こんがりときつね色に焼けたトーストは、ハートの形にくり貫いてあった。
重なった二つのハートの上には、鮮やかな琥珀色をしたマーマレードが載っている。
「チョコレートが苦手なあんたも、これなら食べられるでしょ?」
「マーマレード、か」
ダナの言葉にエイジは頷き、椅子に腰掛けるとトーストのひとつを摘んだ。
爽やかなオレンジの香りが漂い、エイジの鼻腔を突く。
飲んで疲れている筈の胃だったが、その香りは妙に彼の食欲を促した。
トーストに齧りつくと、さく、といい音。
もくもくとトーストを食べるエイジだったが、彼はふとジャムの視線に気が付いた。