トースト・トースト-8
「……何だよ」
「美味しい？」
「ん？ ああ、美味いよ」
何気なく訊かれ、何気なく答える。
すると今度はダナがにやにやと笑っているのに気が付き、エイジは怪訝そうに眉を顰めた。
「そのマーマレードね」
ダナの言葉を聞きながら、エイジがもうひとつのトーストに手を伸ばす。
そして、二つ目のトーストに齧りついた。
「ジャムの手作りなのよ」
ぐ、と思わずトーストを喉を詰まらせるエイジ。
慌てた様子で飲み込んで、どんどんと胸を叩く。
そしてじーっとマーマレード付きトーストとジャムの顔とを見比べて胡乱げな表情を浮かべた。
「嘘だろ？ だってこれ、バカ美味だぜ？」
「し、失礼ね！ あたしだってこれくらい作れるんだから！」
思わず拳を握りしめて立ち上がるジャム。
そんな彼女を座ったままのエイジは見上げ、決まり悪そうな表情でもって言った。
「……ご、ごめん」
「べ、別に」
そう素直に謝られるのも調子が狂ってしまう。
ジャムは彼から視線を逸らし、再び椅子に腰掛ける。
そんな様子を呆れた様子で見ていたダナは溜息ひとつついた後で、台所へ立った。
「あのさ」
些か気まずい空気の中、エイジが口を開いた。
「悪かったよ」
「何が？ さっきのことなら」
「いや、そうじゃなくて。その……」
言葉を濁し、エイジは食べかけのトーストをプレートに置いて頭を掻いた。
「……おとといのこと」
『貰えない方がずーっと可哀想だと思うけど？』
『作ってやる相手がいないってのも悲しいけどな？』
そんな、些細なことだが喧嘩の発端となった二人のやりとり。
ジャムも思い出し、決まり悪そうに言った。
「でも、あたしも悪いこと言っちゃったし……」
「「………」」
何となく重い沈黙を先に破ったのはジャムだった。
「だ、だからそれは仲直りの分にしてよ！」
彼女はエイジの食べかけのトーストを指差した。
「一枚目のトーストはバレンタイン用で、二枚目のは仲直り用。それで」
「誕生日プレゼントはこれね」
いつの間にか戻ってきたダナは、そう言いながらグラス三つとソーダ瓶二本をテーブルに置いて、ジャムお手製のマーマレードの瓶を彼女に渡す。
「日付も変わったことだし、ね」
ウインクしてみせるダナ。
時計は既に午前零時三十分を回っていた。
はにかみながらジャムはエイジに瓶を手渡した。
「それで、これが誕生日プレゼント」
大きめの瓶に詰まった、鮮やかな色のマーマレード。
エイジはまじまじと手元のそれを見つめた。
「「誕生日、おめでとう！」」
ジャムとダナは目を瞬かせるエイジを祝い、いそいそとテーブルの上にご馳走を並べた。
ご馳走とは言っても、もう夜も遅い。
型抜きしたチーズや果物が載ったカナッペや、ヨーグルトソースをかけたデニッシュなどの軽食である。
ダナは三つのシャンパングラスをそれぞれの前に置き、ソーダ水を注ぐ。
「さ、飲みましょ！ ソーダだけど。ジャムのマーマレード入れて飲むと美味しいわよ」
彼はそう言いながら、エイジのプレゼントであるマーマレードの瓶を開けていた。
ティースプーンでひとすくいし、ソーダ水の中に入れる。
かき混ぜると、炭酸の中でオレンジピールが軽やかに踊った。
「誕生日には 手づくりの――……♪」
マドラー片手にジャムが即興でつくった歌を口ずさむ。
子どもの頃に流行ったような、懐メロを模したメロディ。
明るいメロディに明るい歌詞だが、その妙な懐かしさに思わず切なさを覚える。
（……これが一番の）
エイジは彼女の歌を聴き、マーマレード入りソーダ水を飲みながら思った。
（本当はこれが一番の……プレゼントかもしれねえな）