レッド・レッド・レッド-31
「博士が作ったのか!?」
「勿論! 今はこれだけしか作れんがね」
「本物? 凄い……」
博士の取り出した小瓶を、三人はじっと見つめる。
ほんのり青みがかった透明な液である。
これを飲むか身体にかけるかして若返るというのは、にわかには信じられない。
彼らが薬に釘付けになっている中、博士は薬についての小難しい話をしていたが、三人にはいまいちそれを理解することはできなかった。
「これ、もらえるのかな」
ジャムが傍らのエイジに訊いた。
すると博士はにっこりと頷いて、ジャムの肩を叩く。
「わしのこのダンジョンを攻略した者にあげようと思っていたのだよ。日々やってくるトレジャーハンターだが、皆根性がない。
杯の間に辿り着いたとしても、『赤き雫』の謎が解けない者達ばかりだ。ディオニシスの名産を考えればすぐに解ける謎だろうに」
「ただ、謎が解けてもダメなのだ。君達の持ってきたような、上等のぶどう酒でないとな」
「すべてを満たした者だけが、この魔法の薬を手にできるというわけだ。だから、これは君達のもの」
博士はそう言って、ジャムに小瓶を握らせた。
「驚いたなあ。君がチュール・コンフィ・ド・マーマレイドなんてね。わしは一回だけオーレガンに会ったことがあるよ。ぶどう酒を愛した、とてもいい男だった」
「おじいちゃんが」
ジャムは小瓶を抱き締めながら、かつて彼女の祖父と出会い酒を飲み交わしたであろう男を見つめる。
それから彼女は何か考えるように俯いてから、不意に顔を上げて口を開いた。
「博士、おじいちゃんて……」
ジャムが言いかけた、その時であった。
「はーはっはっは!!」
女のハスキーな高笑い。
エイジ達は思わずぎょっとして声の方――彼らの頭上を見上げた。
しゅた、と影がエイジ達の背後に降りてくる。
それが誰なのか、エイジ達には分かっている。
一瞬うんざりしたような表情を浮かべたエイジだったが、彼は次の瞬間、目の前に飛び込んできた状況に顔を歪めた。
「話はすべて聞いたぞ!」
赤いボブの女――レッドが素早くサイファ博士の背後に周り、彼の喉元に鞭をかけていたのである。
「あの幽霊共入り口を出たら消えちまったんで、杯のところまで戻ってみればこの落とし穴だ」
言ってレッドは上方を指差した。
「穴から声が聞こえたので、あなた達の会話を聞いていたんですぅ」
「この状況が分からない馬鹿じゃなねえよな? 『若返りの水』をこっちに寄越しなよ」
しまった、とエイジは歯噛みする。
彼は後ろ手にナイフを抜き、ダナに目配せした。ダナは軽く頷いて一歩踏み出す。
「ダメ! 動かないで下さぁい」
「あんな爺さんくらいなら軽く捻っちまえるぜ」
ルビィとスカーレットが釘を刺し、エイジはダナとジャムと顔を見合わせ頷いた。
「この『若返りの水』ならあげるわ。だから、博士は離して」
「ああ、約束するさ」
喉の奥で笑いながら言うスカーレットに、信用できない様子のジャム。
ダナは腰に手を当て、ため息をついてから言った。
「いいわ。アタシがあんた達に渡してくる」
拳を鳴らしながら、ダナはローゼンロットを睨み付けた。
「絶対に博士を放しなさいよ。でないと、あんた達の首をへし折ってやるンだからね」
息巻くダナに、さすがのレッドも怯んだ様子で頷いた。
「い、いいだろう。早くこちらに渡せ」
ダナはジャムから小瓶を受け取り、ローゼンロットの元へ近づいて行った。
「そこで止まれ」
レッドが指示を出す。
「そこから小瓶を投げるんだ、そっとだぞ。小瓶が割れたら、博士を殺す」
「分かったわよ」
むすっとした様子でダナは言い、言われたとおりに優しく小瓶を投げた。
小瓶は緩やかに弧を描き、レッドの手の中に納まった。
ナイスキャッチ、とスカーレットとルビィが賞賛する。