ふたまわり-9
「中山!お前の気持ちは、どうなんだ?」
「辞めたくないです。僕、この仕事、好きですから。」
五平の問い掛けに対し、中山は即座に答えた。黙って聞いていた梅子が、五平に向かって
「五平ちゃん、それはあんたの仕事でしょうが。そうか・・、だから社長、今夜は欠勤したんだょ。あの社長なら、怒鳴りつけてるわょ。『そんなウジウジする奴なんか、辞めちまえ!』って。」と、詰め寄った。
「そうか、分かった。後は、俺に任せろ。その占い師と宗教の名前を、後で教えろ。話を付けてやる。大丈夫だ、任せろ!」
裏の世界に人脈を持つ五平の言葉だけに、説得力があるものだった。
「だから言ったろうが。専務に話せば、何とかしてくれるって。それをこいつは、『社長に知られたら、首を切られる・・』なんて、心配しやがって。」
「そうだょ!何度忠告しても、渋りやがって。」
「あぁ、そうだった。これで、気が晴れたょ。専務、お願いします。僕、ホントに辞めたくないんです。金の問題じゃなく、この仕事を続けていきたいんです。よろしく、お願いします。」
ソファから降りた中山は、床に頭を擦り付けて嘆願した。
「分かった、分かったょ。社長は、お前たちに期待しているんだ。もう、座れ。これから、パァーッと騒ぐぞ。」
フルバンドによる演奏がダンス音楽に変わり、中央のホールに男女が集まり始めた。五平はミドリに促されて、その一群の中に入った。三人の若者たちは、梅子の音頭下でじゃんけんゲームに興じている。今で言う王様ゲームのようなもので、嬌声と歓声の渦だった。
「五平ちゃん、今夜は泊まっていく?」
「あぁ、そうだな・・。しかしミドリの部屋に泊まると、必ずおねだりをされるからなぁ。」
「何、言ってんのょぉ。お金は遣うために稼ぐんでしょうがぁ。五平ちゃん、お金は墓場まで持って行くことなんて、出来ないの!それに、それだけの価値が有るでしょうに。」
ぴったりと寄り添いながら、ミドリは五平を艶かしい目付きで見上げた。
「何か、欲しい物でもあるのか?」
「うん!キツネの襟巻きが欲しいのぉ。この間、オンリーが身に付けてたのょ。負けてられないわょ。」
「ふーん・・」
虚栄心の塊であるミドリに、最近辟易し始めている五平だった。
“そろそろ・・かな、この女とも。”
そんな事を考えながら、何気なく他のボックスの客に目を流した。
“うん!?・・”
場違いなボックスに気が付いた。一人の初老らしき男性と共に、白いブラウス姿の若い━と言うより幼さが残る娘が居た。
“女給・・じゃ、ないな。”
気のない返事をした五平に、ミドリは
「なぁにぃ・・誰か、知ってる人でも居たの?」と、五平の背中を抓った。
「痛っ!違うさ。ただな、場違いな女が居ると思ってさ。女給じや、ないだろうに・・。」と、ミドリの視線を移させた。
「あぁ、あそこのお客ね?父娘らしいわょ、どうも。女給は、要らないんだって。ボーイさん、困ってたわ。何だかね、オーナーの知り合いの紹介なんだって。娘がおねだりしたらしいわ、キャバレーに来てみたかったんだって。どういうの、それって。都会に憧れる、田舎娘かしらねぇ。」
クリクリとした目を持つ、愛くるしい娘だった。興味を覚えた五平は、無理矢理ミドリを誘導しながら、その娘の品定めを始めた。