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ふたまわり
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ふたまわり-10

成るほど髪をおさげに結った、田舎娘だった。どうやら、女学生のようだ。キラキラと目を輝かせながら、バンドの演奏に聞き入っている。背格好は、座っているが為に判然とはしないが、均整の取れたスタイルに見えた。首が長く、全体に細身のようだ。
“この娘は、化ける!二三年もすれば、良い女になるぞ!”
五平の、女衒としての直感に響いた。
“武さん好みじゃないか?・・惜しい、実に惜しい!無理にでも引っ張ってくれば、良かった。”
「五平ちゃん!あんな、小娘がいいの?痩せっぽちじゃないの、胸なんか全然!お高くとまってるし。」
「違う、違う!社長の好みだなって、ことさ。俺は、ミドリだけで十分だ!」
「ホントね・・だったら、襟巻き買ってょ!それとついでに、ドレスも。」
「あぁ、わかったょ。その代わり・・分かってるな?」
「このぉ、エッチがぁ・・」

翌日からの三人の働きぶりは、目を見張るものがあった。どうやら、昨夜の女給たちと、週一回の通いを一ヶ月間守れば一晩を供にしてくれる約束を交わしたらしい。二度目がA、三度目がB、そして四度目が満願のCだと。彼らの給金からすれば、難なく実行できることだ。しかし五平に、
「おねだりを、されるぞ。」との言葉に、発奮したのだ。
中山は別にして、他の二人は街娼たちとの性交を既に経験している。しかしさすがに、キャバレーの女給たちは比べるまでもなく洗練されている。然も、銀座一の高級キャバレーである。更には、
「お前たちの頑張り次第では、アメリカさん御用達のクラブに連れて行ってやっても、いいぞ。そこらの映画スター顔負けの、美女揃いの店だ。一般人は、立ち入り禁止のクラブだぞ。」と言う五平の言葉も、耳に残っているのだ。

そんな張り切りぶりは、当然のことに他の社員にも刺激になる。
「よーし!俺たちも、連れて行って貰おうぜ。」
合言葉の如くに、全員を奮い立たせた。
「五平ょ、上手く行ったようだな。中山も、元気になったじゃないか。」
「やっぱり、これを狙ってですか?」
「あぁ・・ここまで上手く行くとは、思わなかったがな。」
満足げに頷く武蔵に、五平は頭を下げざるを得なかった。叱り飛ばすだけでは、これ程の効果は出ない。飴と鞭を使い分ける武蔵の手法は、五平には真似が出来ないものだ。

「さっ、小夜子。もう、良いだろう。宿に戻ろう。」
初老の男が、立ち上がった。茂作翁だった。
明らかに不満げな表情を見せつつも、渋々小夜子は立ち上がった。確かに、女学生である小夜子が、足を踏み入れるような場所ではなかった。しかし、生演奏を聞かせてくれる場所は、こういったキャバレーでしか無いのだ。田舎の本家で聞かされた、レコード盤によるジャズ演奏に感銘を受けた小夜子は、どうしても生演奏を聞きたくなった。小夜子の通う女学校で話題に上ることはあるが、物足りなさを禁じえない小夜子だった。

女学校で持て囃されたのは、「真珠の首飾り」等に代表されるブラスバンド物だった。勿論小夜子にしても狂喜して聞き入りはしていたが、人一倍プライドの高い小夜子は、より先鋭化しているジャズ曲を欲した。とに角、クラスメートとは一線を画していたかった。
「そんなお子様向けじゃなく、大人のジャズを聞いてみなさいょ。」
小夜子の口癖だった。戦前に禁止された、ヴァシレンシア、ダイナ、といった曲を口にした。そのくせ、笠置シヅ子の東京ブギウギやら買い物ブギを、人知れず口ずさむ小夜子だった。

国民服姿の茂作翁に対し、小夜子は最新流行のコートで身を包んでいた。長男を戦争で失った茂作翁にとって、一人娘の小夜子は、まさに至宝だった。とに角猫かわいがりで、我侭一杯に育て上げた。小夜子の欲しがる物は、何でも買い与えた。分不相応だと詰られても、買い与えた。幾度となく本家の兄から、叱責を受けもした。畳に頭を擦り付けて、金員の無心を懇願したことも、一度や二度ではない。
兄の茂蔵は、茂作翁に負い目を感じていた。茂作翁と相思相愛の仲だった初江を、娶っていた。家同士の話し合いの事であり、茂蔵としては従う他なかった。しかし、忸怩(じくじ)たる思いが、茂蔵の中にはあった。分不相応に高額な物を揃える茂作翁の中に、茂蔵に対する対抗心を見てしまう。


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