ふたまわり-11
「地に足を付けた暮らしをしろ。」
そんな苦言を呈しつつも、貸し与え続けてしまった。そんな茂作翁が、或る日を境にピタリと無心に来なくなった。それどころか、多額の金員を返しに来た。その出所を問い質しても、
「芽が出てきました。」と、答えるだけだった。赤いダイヤと呼ばれた小豆相場に手を出していると聞いたのは、暫く経ってからのことだった。
「素敵だったわぁ・・やっぱり、生で聞くと違うわ。うふふ・・みんな、何て言うかしら。きっと、羨ましがるわ。お父さん、ありがとう!」
そんな小夜子の喜ぶ顔を見るのが、茂作翁には何よりだった。手痛い出費ではあったが、
“なぁに、今度は儲けられるさ。仲介業者も代えたことだし、大勝負を掛けてやる。それで、今までの損を取り返してやる。”と、意気込んだ。
初めの内こそ儲かっていた相場も、ここの所、損が続いていた。
「手仕舞いしましょう。今なら、損害も小さいですし。少し手控えた方が、良いでしょう。」
そんな仲介人の言葉にも耳を貸さず、損害が拡大すると、逆恨みしてしまう茂作翁だった。たまにうまく行っても、小さな取引では、儲けも高が知れている。
「だから言ったんだ!お前のような小心者相手では、儲かるものも儲からん!」
そんな折に、他の仲介人から声を掛けられた。
「ドン!と、行きましょう。倍々で行けば良いんです。多少の損は、目をつぶりましょう。一回当てれば、大きいんだから。私だってね、一緒に勝負するんですから。勝ち負けは、時の運だ。続けることが、大事なんです。」
それが、命取りだった。確かに、倍々で相場を張り続けていれば、いつかは勝つかもしれない。当たれば、取り戻せもする。しかしそれとて、資金が続けば・・と言う前提での話だ。
とに角、湯水の如くに注ぎ込んでしまった。もう、茂蔵の手に負えるような金額ではなかった。毎日のように、
「カネカエセ」の、電報が届く。それでも茂作翁は、小夜子の我侭は聞いた。
“なぁに。いざとなれば、田畑を処分すれば良い。いや、今度の勝負に勝てば、お釣りがくるというものだ。”
そんな思いが、茂作翁から離れない。
「お爺・・じゃなかった、お父さん。」
一瞬ムッとした茂作翁、祖父ではあるが父として接してきた茂作翁だ。
「お父さん。ちょっとお願いがあるんだけど・・」
上目遣いに、肩に手を、そして顎を乗せてのおねだりポーズをとる小夜子。
「うん、どうした?」
やにさがった顔で、茂作翁が新聞から目を離す。
「この間は、ありがとう。小夜子、ほんとに感激したわ。やっぱり、生バンドはいいわぁ。でね、、、」
「ちょっと待ちなさい。いくらなんでも、そうそうは行けんぞ。」
小夜子の言葉を遮って、茂作翁が顔をしかめた。
「うん、もう!違うわょ、ちがぁうぅ!もう、いい。爺には頼まない!」
膨れっ面で、立ち上がる小夜子。不機嫌なときの“爺”という言葉を残して、立ち去ろうとする。
慌てた茂作翁は、小夜子の手をとってひたすらに謝った。
「悪かった、悪かった。機嫌をなおせ、小夜子。」
テーブル上の大福餅を指差し、
「さぁ、これでも食べぇ。で、どんなことだ?」と、座らせた。
「また、大福ぅ?本家じゃ、チョコレートを食べたってょ。」
不平を洩らしつつも、半分に分けて
「お父さんも、食べて。小夜子、半分でいいから。」と、手渡す。
茂作翁を喜ばせる術を知り尽くした、小夜子だ。満面の笑みを浮かべて受け取る茂作翁に、改めておねだりを始めた。