万華(その5)-1
何もなかったのだ…私と喬史の間には…。
届けられていない婚姻届…市役所には、私たちの結婚の痕跡は最初から何もなかった。
そのことを私は喬史の死後初めて知ったのだった。
やはりそうだった…喬史は私と結ばれた証しを闇に葬っていたのだ。喬史はあのときすべてを
知っていたのだ。
あの日、霧が低く立ちこめ葉の落ち尽くした暗い林の中の小さなチャペルで、私たちはふたり
だけの結婚式をあげた。どこからか聞こえてくる波の音…白い純白のウエディングドレに
包まれた私に、そっと唇を寄せた喬史…私と喬史はお互いの唇と舌をくすぐり合い、確かに
愛し合っていたはずだった。私はずっとそう思い続けていた。
淡い月の光が差し込む森閑としたホテルのベッドの中で、私は強く喬史に抱擁されるままに、
淫唇を震わせ、花芯を潤ませていた。でもあのとき私が体に含んだ喬史のペ○スの記憶さえ、
それはただの虚像のように今の私には思える。
私の秘裂に中に挿入されたあの実態のないペ○スに責められ、私は秘めやかな嬌声を洩らし
ながら悶え、肉悦の階段を上り詰めていった。私は確かに喬史のものによってに満ちたり、
そして尽き果てたのだ…。
でも…あのとき、喬史の放出した生あたたかい液の記憶は、私の中のどこにも残ってはいない
のだ。私が焦がれていた子宮を這い上がる喬史の精液…私が呑んでしまいたいほどの甘い果実の
汁のような精液…。喬史は私が登りつめ果てるのをただ嘲笑するように見ていたのだろうか…。
あの柔らかいペ○スのままで、私一人だけがその太腿を震わせ、ひたすら登りつめその余韻に
浸っていたのを喬史は、ただ眺めつくしていただけだったのだ。
私たちの中に、同じ血の臭いがしていたことを私は知らなかった。それは決して混ざることが
ない水溶液のように分離し、空虚な容器の底に沈殿するだけだった。
壁に灯された電灯が淫靡な光芒を放っていた。僕が鎖で吊られた裸体をまるで芋虫のように
捩り喘ぐほどに、天井の滑車が不気味に軋む。
錆びた鎖で吊され、頭の上で伸びきった腕…嵌められた革の手枷が僕の手首の皮膚に強く
喰い込む。だらりと垂れた下肢の爪先が床にわずかに届くところで吊られた僕の体の重みが、
手首を圧迫する。
透けた黒いシースルーのキャミソールに包まれた燿子の豊満な乳房の谷間の割れ目に、わずか
に汗が滲んでいる。そしてすでに大きく丸みを帯びた乳首をうっすらとその肌着に見せていた。
括れた腰まわりの燿子の成熟した肌が、恥丘の黒い繁りをきわだたせている。その乳白色の肌
にぴったりと吸いついたような漆黒のふくらみが、妖しく嗜虐的な情感さえ漂わせていた。
そしてそのしっとりとした雪肌色の張りと重みをたたえた臀部は、どこまでも豊かな女の肉感
をたたえ、網目のストッキングで包まれた優雅で滑らかな脚部へと続いていた。
燿子は手にした鞭の表面を指でなぞりながら言った。
「この鞭はいつものものとは違うのよ…パリで骨董品の店をやっている私の友人が送って
くれたの…」
燿子は狡猾な薄笑いを浮かべ、その感触を確かめるように床にその鞭を何度か打ち鳴らした。
その鈍く重みのある音とともに、鞭が空を切る不気味な音が部屋に響く。蛇の鱗のように
編まれたその一本鞭の柄の部分は、金色のメッキが剥げ妖しく色褪せていた。
その鞭は、パリ郊外にある城郭に保存されていたものだったという。昔、拷問のために
使用されたというその年代物のしなやかな革鞭は、刑罰を受ける男や女たちの苦痛にまみれた
汗と血が滲みているのだ。