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蒼い殺意
【純文学 その他小説】

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蒼い殺意-3

(二)一日の過ごし方

彼の一日は、朝七時に始まる。八時始業の仕事に取り組み、午後五時に終了。午後五時半始業の授業を受け、午後八時五十分に終了。午後九時半近くにアパートに戻り、大体午後十一時に就寝である。その間が彼の自由な時間で、学校の図書館より借り出した本や、好きなラジオ番組等で過ごす。レコード?・・・まだ購入していないようだ。雀の涙のボーナスがでたら買う、とは聞いている。

失礼した、彼の家族構成をお知らせしていなかった。五人家族である。両親と弟・妹の二人がいる。確か、小三と中一だと聞いた。長野の山村で、農業を営んでいるとか。昔で言えば口減らしか、集団就職で一人こちらに来ているということだ。夜学については、私同様、淋しさを紛らわせる為だと言う。同年代とのたわいない会話は、大事である。だから、勉学についてはまるでだめだ。

彼の過ごし方に戻ろう。日曜日の過ごし方は、先に少しお話ししたがもう少し詳しく説明する。大体、十時半頃に起きる。モーニングサービスの十一時までに喫茶店に入り込む必要があるせいだ。もっと寝ていたいのだが、そうもいかない。
喫茶店で一時間ほど費やすと、あてもなく散歩する。私を訪ねてきたり、他の学友の元に遊びに寄ったりもする。が、留守の時が多いとこぼしていた。

夕食を済ませた後、週一の風呂に行く。他の日には、濡れタオルで体を拭いてはいるようだ。できるだけ他人に不快感を与えないように、努めているらしい。が、悩みの種は洗濯とのこと。家主のおばさんの好意に甘えてはいるようだが、下着だけは自分で洗っているらしい。共同の流し場で、洗濯石鹸を使ってのことである。家主のおばさんに“持って来い”と言われるらしいが、さすがにそれだけは自分で洗っていると言っていた。まぁ、同年代の私には“ハ、ハァーン”とわかる理由だ。

霧雨の降るせいではないのだろうが、今日の休日は十時に床から離れた。昨夜、学校の調理室から給食用のパンを十枚ほどもらってきている。牛乳も買い込んである。今日一日の食事にするつもりだろう。出かけるつもりがないのだ。

実はこの一週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論の為だった。昨今耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ青い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるで無い我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。
面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつけるーなすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、実の所あまり分かっていないのに。
『七十年安保』の後遺症といっては失礼か。「安保、反対!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。

彼は今、窓際で膝を抱いて体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。時折、バサバサの髪をかき上げては、ため息をつく。その手で顔を撫でる。髪の毛にしみついた油のにおいが、時として吐き気をもよおさせる。

彼の頭の中では、幾多の声が飛び交っている。一つ一つの言葉は、断定的でしかも独善である。


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