『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』-8
計算が狂ったのかもしれない。
このハイキングコースは、悠人さんと何度も来た思い出の道だった。
最初は、大学の時、山歩きのサークルの行事で一緒に歩いた。
それからここから見える横浜の景色が二人とも気に入って、何度も一緒に来た。
だから、横浜の景色が見えた時、今だ、と思った。
今しかこの話をする時はない、と。そうすれば何もかもがうまくいく、と。
この打ち明け話をすれば、七瀬さんはショックですぐにでも、悠人さんと別れてくれるものだと思っていた。
なのに、七瀬さんはそれをしないという。
「自分を裏切った男と結婚できるんですか。」
「裏切らせたのは誰。」
七瀬さんはまるで、魔女のように微笑みさえ浮かべてみせる。
「私は何度も悠人さんと寝たんですよ。」
「私も悠人と寝ていたわ。あなたよりは少なかったかもしれないけど、7年も付き合っているんですもの。もう夫婦のようなものなのよ。」
ショックだった。
悠人さんは七瀬さんとは老人同士ようだと言っていたから、寝てなんていないものと勝手に思っていたのだ。
会っているのだって私の方が多いはずだった。
それでも土日は、断られるのが怖くて、会ってと言うどころか、電話やメールさえできなかったけど。
3連休やゴールデンウィークが憎いと思ったのは、生きていて初めてだった。
七瀬さんは、溜息をひとつつくと、
「私は悠人を許そうと思うわ。だってこれから一生一緒に生きていくんですもの。こんなことが1回や2回あっても仕方ないわ。あなたは悠人にこのこと言うつもりなのかしら。言わない方が良いと思うわよ。私はどちらでもいいわ。言って不利なのはあなたよ。」
そう宣言した。
その表情はまるで、私のことなど眼中にないかのように静かだった。
「悠人とは別れてね。」
まるで当たり前のようにその言葉を言った。