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『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』
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『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』-7

座り始めた。しかし、言葉が出てこなかった。
ドラマなどで愛人が、正妻に、「お宅の旦那さん浮気していますよ」と電話してくるシチュエーションを思い出していた。
まさに、それなのだろう。
怒りで、頭が真っ白になる。
その一方で、心の奥底はまるで海底のように冷たく静かに凪いでいた。

悠人とは、結婚を前提にもう7年近く付き合っていた。
そろそろ結婚するつもりで、お互いなんとなく準備をしていた。
それなのに・・・・・・・。
別れるしかない。
そう思うのと同時に、隣の青ざめた女のことを思う。
それこそが彼女の狙いなのだろうと考えると、意地でも別れてやるものか、という気持ちになる。

火曜サスペンス劇場ならば、逆上して私は隣のこの女を、今すぐ刺し殺してもいいのだろう。
しかし、現実ではそうもいかない。

日向が嘘をついているとは思わなかった。
そう。どこか怪しいと思っていたのだ。
呼び出してもなかなか捕まらない夜。ロックされた携帯。夜中なのに話中の多くなった電話。セックスの数の減少。ここ最近の異常な優しさ。
それでも彼に限ってそんなことはないだろうと信じたかったから、目を瞑っていた。

が、こんな風に浮気相手から真実をまるでドッキリカメラのように突きつけられるならば、しっかりと気付いて本人に問いただしておくべきだったのだ。
弱い私がこんなに惨めな場面を作ってしまった。

裏切られたことが分かり彼の嫌な所が思い出されそうなのに、何故だか思い出すのは彼との楽しい思い出ばかりだった。
好きだと告白された時のこと、初めてのお泊り旅行だった熱海の温泉、毎年一緒に過ごしてきたクリスマス、誕生日・・・・・・全部が嘘になる気がした。

涙が出そうだ。
冷静にならなければならない。
ここで泣くなんてもってのほかだ。
冷凍庫、ペンギン、カキ氷、南極、スイカ、扇風機、クーラー、しろくま・・・・・・とりあえず冷たそうなものを頭の中に浮かべて、頭を冷やす。
昔、漫画で読んでからいつもとっている方法だった。

先に口を開いたのは日向だった。

「悠人さんと、別れてくれますね。」

あまりに正当な言葉。それこそが、日向の狙い。
普通に考えれば、そうなるだろう。
彼氏が他の女と浮気していた。そりゃ別れるしかないのだ。
しかし。

「悠人は、あなたと悠人の関係を、あなたが私に話すということを知っているの。」

出てきた質問は、我ながら全く応えになっていないものだった。
日向は黙って首を横に振った。それはそうだろうな。

「悠人は、あなたがこの話をしたことをどう思うかしら。」

私はなるべく意地悪な響きを帯びないよう、注意深く言った。
本当に意地悪をする時は、意地悪く喋ってはならないのだ。
日向は黙ってしまう。

「私は悠人と来年には結婚するつもり。あなたが大事なら、悠人は私ととっくに別れているはずよね。それをしないということは、所詮、浮気は浮気。あなたと一生を過ごすつもりは悠人にはないのよ。」

反論しようと顔を上げたところに、畳み込むように言ってやった。

「だいたい、自分に相談もしないで、こんな話を私にしてしまったあなたを、悠人は許すかしら。嫌な女だと思うでしょうね。私が男ならば、そんな女、愛人にだってできないわ。」

とても惨めな立場にある私が、なぜこんなに高飛車に喋っているのか自分でもわからなかった。

感情の糸が狂ったのかもしれない。


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